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労働者が業務上のストレスを背景に自殺に至った場合、労災保険の給付対象となるかは極めて深刻な問題です。特に、「自殺」という行為が一般には本人の意思によるものと評価されるため、労災保険における給付制限との関係が問題となります。
労災保険制度は、「労働者災害補償保険法」に基づき、業務上または通勤による災害について補償を行う制度です。 ただし、すべての死亡や傷病が無条件に補償されるわけではなく、一定の場合には給付が制限されます。その典型例が「故意による災害」です。自殺は一見すると本人の意思による「故意の行為」と評価されやすく、制度上は給付制限の対象となり得ます。しかし、現代の労働環境においては、過重労働やハラスメントにより精神障害を発症し、その結果として自殺に至るケースも少なくありません。このため、単純に「自殺=給付なし」とはならず、慎重な法的評価が求められます。
根拠条文として重要なのは、「労働者災害補償保険法第12条の2の2第1項」です。同条は、労働者が「故意に」事故を発生させた場合には、保険給付を行わないと規定しています。ここでいう「故意」とは、結果の発生を認識しつつ、あえてその行為を行う意思を指します。自殺は形式的にはこの「故意」に該当し得ます。もっとも、精神障害は労働者の認識や行為選択に大きく影響し、自殺願望を伴いやすいことを考慮し、自殺の場合にも労災認定の道を開くため、厚生労働省は、精神障害による自殺の取扱いについてという通達を定め、「業務上の精神障害によって、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたと認められる場合には、結果の発生を意図した故意には該当しない。」とし、自殺の場合でも労災法12条の2の2第1項に該当しない、つまり、故意とは評価しない場合があるという行政解釈が示されています。
かかる行政解釈に従うと、重要なのは、「自殺であるかどうか」ではなく、「その背景に業務起因の精神障害があったか」という点になります。その判断をする際、以下の要素が考慮されます。
これらを総合的に評価し、精神障害の発症と業務との因果関係が認められれば、自殺であっても労災給付の対象となりえるということになります。一方で、業務外の私的要因(家庭問題や個人的債務など)が主たる原因と評価される場合には、労災とは認められない可能性が高くなります。
労災における給付制限は、「故意」による災害を対象としていますが、自殺については一律に給付が否定されるわけではありません。精神障害により正常な判断能力が失われていた場合には、「故意」とは評価されず、労災として認められる余地があることから、「業務による心理的負荷」と「精神障害の発症」、そして「自殺との因果関係」を丁寧に検討することが重要です。
リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹