企業の現場では、顧客からの暴言や過度な要求に加え、精神疾患や身体障害等に起因すると思われる顧客の行動が問題となることがあります。
例: 聴覚障害者が長時間の筆談対応を求める。
車いす利用者が施設の構造上困難な要求を強硬に迫る。
精神疾患を有すると思われる顧客(またはその家族)が、理不尽な要望について、繰り返
し電話で問い合わせをしたり、面会を求めてくる。
このとき、障害者差別解消法に基づく合理的配慮の提供と、労働施策総合推進法に基づくカスタマーハラスメント対策が交錯し、企業は、「従業員保護」と「顧客の権利尊重」という二つの義務の狭間で難しい判断を迫られることになります。
(事業者における障害を理由とする差別の禁止)
障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律8条
2 事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない。
この点、厚労省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」や「障害者差別解消法対応指針」には、具体的なケース例が示されており、企業マニュアル整備の参考になります。
事例1:長時間の拘束
顧客が窓口で同じ内容の説明を何度も求め、長時間にわたり従業員を拘束する。
解説:「長時間拘束は、従業員の就業環境を害する典型的カスハラ行為」と明記。
対応例:時間制限を設ける、複数名で対応し負担を分散、必要に応じて上司が引き継ぐ。
→ 精神疾患が背景にある場合でも、「無制限な拘束」は配慮の範囲を超える。
事例2:大声や暴言
顧客が業務中に大声で怒鳴り、従業員に威嚇的な言動を繰り返す。
解説:「暴言・威嚇はカスハラに該当し、直ちに上司へのエスカレーションが必要」。
対応例:冷静な対応を心がけ、危険があれば警察への連絡も視野に。
→ 精神疾患の有無に関わらず、「暴言や威嚇」は合理的配慮の対象とはならない。
事例3:障がいに関連する要求
聴覚障がいのある顧客が、繰り返し筆談対応を求める。
解説(障害者差別解消法対応指針):「可能な範囲で筆談やICT機器を活用することが合理
的配慮にあたる」。ただし:他の顧客対応を著しく妨害するほど長時間化した場合、「過度
の負担」にあたる可能性がある。
労働施策総合推進法30条の2および厚労省の「カスハラ対策企業マニュアル」は、顧客等からの著しい迷惑行為に対して事業者が従業員を保護する義務を明記しています。
カスタマーハラスメント対応において重視されるのは、「顧客がどのような属性を持っているか」ではなく、「行為が従業員の就業環境を害しているか」 という客観的事実です。暴言・長時間拘束・過度な要求といった「行為」を基準にカスタマーハラスメント対応を行い、背景に疾患の有無があるかどうかは、対応判断に持ち込まないことが必要です。
一方で、障害を有している顧客であることが認められる場合、障害者差別解消法に基づく合理的配慮の検討が必要になり、ここで企業が注目すべきは、「行為」というよりも、どのような障害を有しているかという顧客の「属性」そのものです。
つまり、障害者への合理的配慮を検討する場面と、カスタマーハラスメントに該当するかを検討する場面では、注目すべきポイントが異なり、合理的配慮の場面では顧客の「属性」に注目し、カスタマーハラスメントの場面では顧客の「行為」に注目するという違いがあります。
障害を有すると思われる顧客に企業の担当者が対応するにあたっては、まずは、じっくりと相手の話を聞き、合理的配慮を求めているのか否かを判断することが重要となり、仮に、合理的配慮を求めている場合には、過重な負担とならず実現可能か否かを検討することになります。
企業側で過重な負担であると判断し、顧客と建設的対話を重ねても有効な代わりの手段が見つからない場合において、担当者がその旨を丁寧に説明しても顧客に納得してもらえず、一方で、その顧客が執拗に当初の要望を叶えるように大声でしつこく要求するという段階になると、かかる顧客の行為そのものがカスタマーハラスメントに該当するのではないかという検討をすべき段階に入るでしょう。
このように、障害者への合理的配慮を検討する場面と、カスタマーハラスメントに該当するかを検討する場面では明確に基準が異なるので、対応する担当者は、両者の判断を混同しないようにすることが重要です。