私傷病休職とは、業務上の原因によらない怪我や病気を理由とする休職のことをいいます。
繰り返しになりますが、民間企業の場合、休職制度を設けることは法律上の義務ではなく、制度を設けた場合のみ、労働契約締結の際にかかる休職制度の内容について明示する必要があり(労働基準法15条1項、同法施行規則5条1項11号)、一定の場合には(常時10人以上の労働者を使用する事業場で、休業制度が当該事業場の労働者のすべてに適用される場合)、就業規則にも記載する必要があります。
この点、休職制度の内容等については法的規制が全くないと誤解されている方もおられますが、休職制度を設けた場合は、上記のとおり、一定の規制を受けることはご了解ください。
参考までに、休職制度について、厚生労働省のモデル就業規則の内容を見てみましょう。
(実際は、将来の紛争防止のため、より詳細な規定が必要となります。)
(休職)
第9条 労働者が、次のいずれかに該当するときは、所定の期間休職とする。
① 業務外の傷病による欠勤が か月を超え、なお療養を継続する必要があるため
勤務できないとき 年以内
② 前号のほか、特別な事情があり休職させることが適当と認められるとき
必要な期間
2 休職期間中に休職事由が消滅したときは、原則として元の職務に復帰させる。ただし、
元の職務に復帰させることが困難又は不適当な場合には、他の職務に就かせることがあ
る。
3 第1項第1号により休職し、休職期間が満了してもなお傷病が治癒せず就業が困難な場
合は、休職期間の満了をもって退職とする。
はじめに、「労働者が、次のいずれかに該当するときは、所定の期間休職とする。」と書かれていますが、この内容だと、一定の事由が発生した場合に、会社の命令等なく自動的に休職期間がスタートするというイメージを持たれてしまう可能性があるので、「労働者が次のいずれかに該当するときは、会社は、当該従業員に対し、所定の期間休職を命じることがある。」とし、休職をさせるかどうかは会社の判断によるものだという点を明確にしておいた方がよいと思います。
休職を命じるというのは、業務命令の一環として休職命令を出すことになりますが、私傷病による休職の場合、通常は無給扱いとなります。
そもそも労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立しているものであって(労働契約法6条)、使用者の判断で、この労働契約に基づく義務の柱である賃金支払義務を負わないこととするというのは、命令を出される労働者に与える影響は甚大です。
そんな命令を会社が簡単に出してよいのかと疑問に思われるかもしれませんが、おっしゃるとおりで、簡単に出すことはできません。
業務命令の一つであるので、他の業務命令同様、かかる命令を出す権限が労働契約上認められていることを前提に、かかる権限行使が権利濫用と評価されないことが必要となります(労働契約法3条5項)。
私傷病休職の場合、会社が休職命令を出す理由は、①労働者に対する安全(健康)配慮、②人事労務管理の効率化、場合によっては、休業期間満了時の退職ということもあるのかもしれませんが、一番の目的は、休業期間中に、怪我・病気をしっかり治し、体調万全の状態での職場復帰を目指してもらうということだと思います。
かかる目的がある限り、会社が出す休職命令が権利濫用と評価されることは基本的にありませんが、かかる目的がない場合、例えば、就労に支障のない病気・ケガであったり、不当な動機・目的をもって出されるなどのケースでは、休職命令自体が権利濫用として無効と評価されることもあるので注意が必要です。
上記の厚生労働省のモデル就業規則の3項によると、「第1項第1号により休職し、休職期間が満了してもなお傷病が治癒せず就業が困難な場合は、休職期間の満了をもって退職とする。」とされていて、休職期間満了時に退職となってしまうという、これまた労働者にとっては影響の大きな効果となっています。労働者の方から自発的に退職の意思表示をする場合とは異なり、自動的に退職とされてしまうというのは、ある意味、病気を理由に普通解雇されるのと変わらないのではないないかとの印象を抱かれる方もいらっしゃると思います。
おっしゃるとおり、私傷病休職は解雇猶予制度とも言われていて、通常、私傷病による長期休暇は普通解雇事由になりうるものであるところ、一定期間、解雇せずに労務への従事を免除することで、労働者を解雇・退職から保護するという側面があります。
ただ、休職期間中、会社、労働者共に、社会保険料の負担は続くことから、会社としても、必要以上の長期間、労務の提供を受けないのに社会保険料だけ負担することになるような休職を認めることはできません。
そこで、会社の財務状況、事業分野の労働需給バランス、新たに採用した労働者の教育訓練に要する費用等を考慮し、会社にとって適切な休業期間を設定し運用しているのです。
この休業期間満了時に休職事由が消滅していない場合、自然退職となるか解雇となるのかは就業規則の定め方によります。解雇すると規定されている場合は、解雇予告・解雇制限規定が適用され、厚生労働省のモデル就業規則のように自然退職すると規定されている場合は、かかる規定は適用されませんが、実務上は、一定の制限を受けると判断される傾向にはあります。