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残業代の未払いは、労働トラブルの中でも多く見られる問題で、長時間働いていたにもかかわらず残業代が支払われていなかった場合、労働者は会社に対して未払い分の支払いを求めることができます。しかし、その権利は永久に存続するわけではなく、一定期間が経過すると時効によって請求できなくなるため、残業代請求を考えるうえでは時効制度の理解が欠かせません。
労働基準法37条は、法定労働時間を超える時間外労働や休日労働、深夜労働に対して割増賃金を支払うことを使用者に義務付けており、残業代が支払われていない場合、労働者は未払い賃金として請求することができます。しかし、賃金請求権についても他の債権同様、法律で消滅時効が定められています。消滅時効とは、権利を行使しない状態が一定期間続いた場合に、その権利を消滅させる制度で、長期間経過した紛争の蒸し返しを防ぎ、法律関係を安定させるという目的があります。かつて労働基準法では、賃金請求権の時効は2年と定められていて、未払い残業代請求では、過去2年分が回収可能な範囲とされるのが一般的でした。しかし、2020年4月1日に施行された改正労働基準法によって、この期間が見直されました。同時期に改正された民法では従来の短期消滅時効制度が廃止され、一般債権の消滅時効は原則として5年とされたことから、労働者保護の要請の強い賃金請求権を一般債権よりも短い2年のまま維持する合理性が乏しいとして、労働基準法も改正されたという背景があります。その結果、現在(2026年6月)の労働基準法115条は、賃金請求権の消滅時効期間を民法に合わせる形で5年と定めています。
しかし、専門家に残業代の時効期間について相談すると、5年ではなく3年と説明されることが多いのではないでしょうか。この理由を理解するためには、労働基準法143条を読む必要があります。実は、労働基準法143条3項は、115条の改正に伴う経過措置を定めていて、賃金請求権の消滅時効について、当分の間は5年ではなく3年とする旨を規定しています(退職手当を除く)。つまり、法律上は115条で5年に延長されたものの、143条によって当面は3年に据え置かれているのです。なぜこのような経過措置が導入されたのかというと、賃金請求権を一気に5年へ延長した場合、企業に与える影響が大きいと考えられたためです。未払い残業代が発生していた場合、会社は過去5年分の支払いを求められることになります。企業側の負担や労務管理への影響を考慮し、立法時には段階的な移行が適当と判断され、その結果、原則は5年としつつ、経過措置として当面は3年とする制度が採用されたのです。
なお、残業代請求の時効は、残業した日から進行するわけではありません。残業代も賃金の一部であり、賃金は毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなけれならないとされている関係で(労働基準法24条2項)、起算点はあくまでも賃金支払日です。例えば、毎月末締め翌月25日払いの会社であれば、5月分の残業代については6月25日から時効が進行します。また、時効期間が経過したとしても、自動的に権利が消滅するわけではありません。民法145条は、消滅時効は当事者が援用しなければ効力を生じないと定めていて、援用とは、時効が完成したので支払いませんと主張することです。実際のところ、残業代を請求された会社は消滅時効を援用するのが一般的です。そのため、時効期間を経過した部分の回収は極めて難しいのが現実で、未払い残業代の疑いがあるにもかかわらず何もしないでいると、請求できる範囲は日々減少していきます(新たな残業が発生していない場合)。長時間労働が常態化していたにもかかわらず残業代が支払われていない場合には、早期に勤怠記録やメールなどを保存し、必要に応じて弁護士や労働問題の専門家へ相談しましょう。法改正により請求可能期間は延長されましたが、権利を守るためには迅速な対応が必要である点は変わりません。
リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹