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2026/07/03
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業務上災害による非器質性精神障害の症状固定判断の難しさ

 



 症状固定とは、療養を継続しても医学的に症状の改善が期待できない状態をいうとされていて、必ずしも治癒を意味するものではありません。例えば、身体外傷では、骨癒合や画像所見、関節可動域など比較的客観的な医学的指標が存在するため、症状固定時期の判断は一定の客観性がありますが、PTSD、うつ病、適応障害などの非器質性精神障害では、身体外傷と同じ考え方をそのまま当てはめることができないため、判断が難しい分野の一つとなっています。



 この問題の背景には、精神医学そのものが有する診断学的特徴があります。精神疾患の診断はDSM-5-TRやICD-11に基づいて行われることが多い印象ですが、その評価は画像検査や血液検査ではなく、診察による精神症状の評価、自覚症状、行動観察、社会生活機能などを総合して判断されます。そのため、身体疾患のように「治癒した」と客観的に示す指標が極めて限られているという特徴があります。また、精神障害の経過は本質的に変動性があって、症状は睡眠状況、家庭環境、職場環境、対人関係、ライフイベントなど多様な心理社会的要因の影響を受けやすく、同じ人であっても、1日あるいは数週間単位で症状が変化することも珍しくありません。一時的な軽快が長期的改善を意味するとは限らず、逆に長期間安定していた患者が再燃する例も少なくありません。このような疾患特性は、これ以上改善しない状態に到達したか否かの判断を極めて困難にします。




 実際のところ、症状固定の判断は、労働基準監督署が主治医の診断書や診療録、必要に応じて地方労災医員等の医学的意見を踏まえて行われます。身体疾患では治療の目的は病変の改善や治癒であることが多い一方で、精神疾患では急性期治療が終了した後も、再発・再燃防止や病状の安定維持を目的として長期間治療を継続することが標準的な医療となっています。そのため、主治医が治療継続を必要と考えている場合であっても、その治療内容が積極的な改善を目的とするものなのか、あるいは状態維持を目的とするものなのかについては、慎重に検討されます。現在も通院している、投薬が継続されているという事実のみから、未だ症状固定ではないと判断されることはありません。維持療法は、症状改善ではなく悪化防止や再発予防を目的としている場合が多く、治療継続そのものが改善可能性を意味するわけではないからです。






 反対に、維持療法へ移行したという理由だけで症状固定と判断することも適切ではありません。維持療法中であっても社会機能や精神症状が徐々に改善する症例も存在し、心理療法やリハビリテーションによって就労能力の回復が期待できる場合もあるため、維持療法への移行は症状固定を示唆する一事情にはなり得ても、それのみで結論を導くことはできません。治療の主眼が症状改善に置かれているのか、それとも病状の維持と悪化防止に移行しているのかを、診療録や主治医意見書から慎重に読み取る必要があります。






 このように、非器質性精神障害の症状固定判断が難しい理由は、精神疾患には客観的評価指標が乏しく、症状の変動性が大きく、長期間にわたる改善可能性を完全には否定できないことに加え、精神科医療では症状を治す治療と悪化させないための治療が連続して存在する点にあります。業務上災害による非器質性精神障害の症状固定時期の判断にあたっては、治療期間や通院の有無といった形式的事情のみで判断できるものではなく、診療経過、治療内容、治療目的、精神症状の推移、日常生活機能、社会生活機能、就労状況、再発リスクなどを総合的に評価するという、極めて専門的で困難な判断を要求されるのです。

令和8年7月3日

リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹

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