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2026/06/27
賃金・労働時間

従業員から給料の前借りをお願いされたのですが、法的に応じる必要はあるのでしょうか。





 生活に余裕のない従業員からそのような依頼があった場合、従業員の生活を支援してあげたいという思いから、前向きに対応すると考えておられる経営者の方は実は少なくありません。一方で、一度認めると前例となり、他の従業員との公平性や給与計算への影響から、一切そのような依頼には応じないと決めている方もおられます。確かに、前借りの相談があった際に個別対応を繰り返していると、あの人には認めたのに自分は認められなかったという不公平感が生じやすくなることはあるかもしれません。



 一般に「給料の前借り」とは、まだ働いていない期間の賃金まで先に受け取りたいという意味で使われることがあります。まだ働いていないということは、ノーワークノーペイの原則からすると、給料はまだ発生していません。民法624条1項も、「労働者はその約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することはできない。」と定めています。ですので、実際に働いていない分の給料を請求するというのは法的には認められず、あくまでも将来働くことを前提として会社がお金を渡しているにすぎないため、そのお金の性質は実質的には会社から従業員への貸付金となります。一方で、既に働いた分の給与については、支払時期の問題は措いておくと、報酬自体は発生しているので、その発生している報酬を、支払時期よりも前倒しで支払ってほしいというのが、給与の前払いになります。この「給与の前払い」なのか「会社からの貸付け」なのかというのは、明確に区別しておく必要があります。なぜならそれによって適用されるルールが異なるからです。



給与の前払いの場合


 労働基準法24条2項によると、賃金は、毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければならないとされています。仮にこの期日が、月末締め・翌月月末払いであったとして、締め日の翌月に入ってすぐ、従業員から当月月末支払予定の給与の前借りを請求された場合は、会社からの貸付けのお願いではなく、既に発生している給与の前払いのお願いということになります。かかる要望に応じるか否かは会社の裁量判断になり、原則、応じなくても法律上は問題はありません。ただし、例外があって、労働者が出産、疾病、災害その他厚生労働省令で定める非常の場合(出産や病気、災害のほか、本人または扶養家族の結婚や死亡、やむを得ない事情による1週間以上の帰郷など)の費用に充てるために請求した場合には、支払期日前であっても既に働いた分の賃金を支払わなければならないというルールがあります(労働基準法25条)。




 例えば、従業員本人が急病で高額な医療費が必要になった場合や、自宅が災害で被害を受け生活再建費用が必要になった場合などは、会社は既に働いた分の賃金について前倒しで支払う義務を負います。誤解してはいけないのが、この「非常時払い」は会社からお金を貸す制度ではなく、すでに発生している賃金を予定より早く支払う制度であるという点です。会社が支払う義務を負うのは、請求時点までに労働が提供されている部分に対応する賃金です。ですので、例えば、月給30万円、月末締めの場合に15日時点で非常時払いを請求されたのであれば、その時点までの労働に対応する賃金を計算して支払うことになり、月後半に働く予定分まで支払う必要はありません。また、生活費不足や旅行資金、借金返済、趣味や娯楽のための資金として請求された場合などは断ることはできます。仮に、そのような理由であったとしても、会社の福利厚生や従業員支援の一環として任意に貸し付けることは可能ですが、それはあくまで会社の判断によるものであり、法律上の義務ではありません。






会社からの貸付けの場合



 これに対し、まだ働いていない期間の賃金を先に渡す場合は、法律上は給与ではありません。将来働くことを前提として会社がお金を渡しているにすぎないため、そのお金の性質は実質的には会社から従業員への貸付金となります。法的には貸付金であっても心情的には給与の前払い的な性質が強いことから、あまり深く考えることなく毎月の給料から自動的に差し引けばよいと考えがちですが、ここも注意が必要です。労働基準法17条は「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。」と定めていて、前借金とは、前回にもお話ししましたが、将来働くことを条件に、使用者が労働者に貸し付ける金銭のことをいいます。従業員がまだ働いていない分の給与の前払いを請求し、それに応じて会社が支払うお金は、従業員が将来働くことを条件にした前借金にあたることは否定できないと思われます。会社としては、将来発生する給与と相殺処理できない(なんの担保もない)ことを前提に、従業員に対する貸し付けをするか否か慎重に検討する必要があります。





 近年、給与前払いサービスを導入する企業も増えています。これは、勤怠データをもとに既に働いた分の給与を従業員が受け取れる仕組みであり、法律上も「既往の労働に対する賃金」の支払いとして設計されているものが一般的です。従業員の生活支援と採用競争力の向上を目的として導入する企業も少なくありません。ただ、原則は、従業員から給料を前借りしてほしいと言われても、会社が直ちに応じる法的な義務まではないということになります。法律が義務付けているのは、労働基準法25条が定める賃金の非常時払いの場合のみであり、それも対象となるのは、出産や疾病、災害などの非常事態において、既に働いた分の賃金を給料日前に支払うケースに限られます。会社としては、従業員の申し出が非常時払いに該当するのかをまず確認し、仮に非常時払いの要件を満たさない場合であれば、法的な義務まではないことを前提に、発生済みの給与の支払い期日前の支払いを認めるか、発生済みの給与がないのであれば、将来的に相殺処理できない貸付けまで認めてあげるのか、慎重に検討することが必要です。


令和8年6月27日

リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹

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