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2026/07/09
ハラスメント

従業員から、社長のパワハラが原因でうつ病になったと言われているのですが、今後の対応の仕方を教えて欲しいです。





 日頃、一緒に仕事をしている従業員から、社長のパワーハラスメントが原因でうつ病になったなどと言われたら、多くの経営者の方は強い衝撃を受けると思います。本人のためと思って厳しく指導してただけなのに・・、今までそんなことを言われたことはないのになぜ急に・・そう感じる経営者は決して少なくありません。従業員数が5人から20人程度の会社では、人事部もコンプライアンス担当者も存在せず、会社と社長がほぼ同じ存在になるので、大企業向けのハラスメント対応をそのまま真似ても機能しません。ハラスメント対策に関する一般的な解説では、会社が調査を行う、人事部が事情を聴くといった説明を目にすることがありますが、それはある程度の規模の企業を前提とした話です。零細企業においては、社長が営業をし、採用をし、人事評価をし、日々の業務指示まで行っていることは珍しくありません。従業員にとって社長は、単なる上司ではなく、雇用を左右する権限まで持つ唯一無二の存在です。そのような存在である社長自身が、自身からパワハラを受けたと訴えている従業員に対する調査を進めることが適切でないことは、直感でもお分かりいただけるかと思います。社長としては、誤解を解けば済む話だ、本人と直接話をすれば分かると考えたくなるかもしれませんが、その考え方が、かえって紛争を深刻化させることがあります。




 令和4年4月から、中小企業を含むすべての事業主に対し、職場におけるパワーハラスメント防止措置を講じることが義務付けられています(労働施策総合推進法30条の2)。これを具体化した厚生労働省の「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」によると、相談を受けた会社は、相談者と行為者の双方から事情を聴き、必要に応じて関係者への聞き取りや客観的資料の確認を行い、迅速かつ適切に事実関係を把握することが求められています。また、相談者や調査に協力した従業員のプライバシーを保護すること、相談したことを理由として不利益な取扱いをしてはならないこと、そして事実が確認された場合には再発防止措置を講じることも、企業の責務とされています。





 この指針に書かれていることは、大きな会社だけに求められている訳ではなく、従業員が10人くらいしかいない小さな会社だからという理由で適用が免除されることはありません。社長の影響力が大きい小さな会社ほど、適切な初動対応が重要になります。零細企業で実際によく見られるのが、社長が従業員を呼び出し、「どういうことなのか説明してほしい」、「誤解があるなら解きたい」と直接話し合おうとするケースです。経営者としては、問題を早く解決したいという気持ちからだと思いますが、従業員からすれば、自分がパワハラを受けたと考えている相手から呼び出されることになります。社長には話し合いのつもりしかなくても、従業員は、「撤回するよう求められた」、「圧力を受けた」、「退職を勧められた」と受け止める可能性があります。特に、精神的な不調を抱えている従業員は、強い心理的負担を感じやすい状態にあるので、社長自身が前面に立って対応することは、結果として問題を悪化させることになりかねません。





 相談を受けた直後の社長の一言が、その後の紛争を左右することもままあります。「そんなことでうつ病になるわけがない」、「昔はもっと厳しく指導されていた。お前らは甘い」、「診断書なんか医者が患者の言うことをそのままに書いているだけだろ」といった発言は避けるべきです。精神疾患の診断は医学の分野の問題であり、医学の素人である社長個人の判断で否定できるものではありません。また、会社に残りたいならこの話は終わりにしよう」、「納得できないなら辞めてもらうしかない」といった発言も危険です。社長にそのつもりがなくても、従業員からは退職を強要された、あるいは相談したことへの報復だと受け止められる可能性があります。パワハラ防止指針でも、相談を理由とする不利益な取扱いは禁止されています。



 証拠の取扱いにも注意が必要です。メールやチャット、LINE、勤怠記録、業務日報などを削除したり、関係する従業員に「この件は誰にも話さないように」と伝えたりすることも避けるべきです。社長としては会社を守るための行動であったとしても、後から見れば「証拠を隠そうとした」「関係者へ圧力をかけた」と評価される可能性があります。実際の紛争では、このような初動対応が会社にとって不利な事情として主張されることも少なくありません。相談を受けた段階では、結論を急がず、まずは事実関係を冷静に整理する姿勢が何より重要です。




 従業員から、社長のパワハラでうつ病になったと言われると、自分はそこまでひどいことを言っただろうかと考えてしまうのは自然なことです。しかし、この段階で、社長自身がパワハラではないと即断することも、会社に責任があると結論付けることも適切ではありません。まず行うべきなのは、できる限り客観的に事実関係を整理することです。例えば、どのような場面で問題となる発言をしたのか、周囲に居合わせた従業員はいるのか、メールやチャットのやり取りは残っているのか、業務上どのような経緯があったのかなど、時間を追って確認していくことが必要です。その際に重要なのは、会社に有利な証拠だけを集めようとしないことです。社長自身が当事者である以上、自分は悪くないという前提で調査を進めてしまう傾向があり、そうなると、客観性な判断ができなくなってしまい、適切な専門家に相談する機会を逃してしまったり、相談しても有利な証拠だけを開示して信頼できる回答を得られない可能性があります。






 厚生労働省のパワハラ防止指針では、相談があった場合には、相談者と行為者の双方から事情を聴き、公平に事実確認を行うことが求められています。零細企業では、その公平性を社内だけで確保することが難しいケースが少なくありません。社長が調査を行えば、結局は加害者自身が自分の都合の良いように判断しただけではないかと受け止められますし、他の従業員に聞き取りをしても、社長に遠慮して本当のことを話しにくい場合もあるでしょう。このようなときこそ、外部の専門家を活用する意味があります。顧問弁護士や社会保険労務士が聞き取りを担当すれば、相談した従業員にとっても心理的な負担が軽くなりますし、社長自身にとっても、第三者の視点から状況を整理してもらうことができます。また、仮に後日、労働審判や訴訟になった場合でも、「会社として外部専門家を交えて調査を行った」という事実は、会社が適切な対応をしようとした事情として評価される可能性があります。




 

 私が経営者の方からのご相談を受ける中で感じるのは、ほとんどの経営者の方は、従業員を傷つけようと思って厳しい発言をしているわけではないということです。会社を良くしたい、取引先に迷惑を掛けたくない、お客様に満足して欲しい、従業員に成長してほしい。そのような思いが強いからこそ、言葉が厳しくなってしまうのだと思います。一方で、従業員は、その言動を人格否定や威圧的な指導と受け止め、精神的な負担を感じてしまうこともあるでしょう。これはどちらが正しいかということではなく、立場の違いからくる受け止め方の違いとしか言いようがありません。社長自身が当事者となっている事案では、自ら解決しようとするほど、冷静さや客観性を失いやすくなりがちです。弁護士等の専門家がトラブル発生の初期段階から関与する目的は、会社の責任を否定するためだけではありません。まずは証拠を適切に保全した上で、冷静な視点で事実関係を整理し、社長の言動が従業員へのパワハラと評価されるようなものになっていないか等を調査し、紛争を必要以上に拡大させないよう助言する役割も担っています。




 従業員との間のトラブルに関しては、もっと早く第三者に相談していれば、ここまで大きな問題にはならなかったのではないかと感じるケースは実際少なくありません。零細企業では、社長の一言が会社全体の意思として受け止められます。こと従業員との間のトラブルに関しては、外部とのトラブル解決のように自分の会社だから自分で解決するという発想から一歩離れ、第三者の視点を入れることで手続をできる限り公平にするという視点を持つことが重要です。初動対応は、一度誤ると後から修正することは難しいです。感情的な対応や自己判断に頼るのではなく、早い段階で外部の専門家へ相談し、適切な手続を踏みながら問題と向き合うことが、会社のために頑張ってくれている従業員との信頼関係を壊すことなく、会社を守ることにもつながります。


令和8年7月9日

リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹

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