.jpg)
企業では、「月末締め翌月末払い」や「20日締め翌月10日払い」といった賃金支払制度が一般的です。そのため、退職した従業員についても、在職者と同様に会社が定めた給与支払日に賃金を支払うものと考えている人事担当者は少なくありません。ところが、退職した従業員から「生活費に困っているので翌月末まで待てない」「退職したのだからすぐに給与を支払ってほしい」と求められることがあります。このような場合、会社は通常の給与支払日まで待ってもよいのでしょうか。それとも、退職日当日や退職直後に支払わなければならないのでしょうか。この問題を考える上で重要となるのが、労働基準法第23条です。同条は退職時の賃金支払について特別なルールを定めており、企業が誤った対応をすると労働基準法違反となる可能性があります。
この点、労働基準法第24条は賃金支払の原則を定めており、賃金は毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければならないとされています。例えば、月末締め翌月末払いの会社であれば、4月に働いた分の賃金は5月末に支払うことになります。このような支払方法は法律上認められており、多くの企業が採用しています。したがって、在職中の従業員が「来週お金が必要だから給与を前払いしてほしい」と求めても、会社が応じる法的義務はありません。賃金はあらかじめ定められた支払日に支払えば足りるからです。しかし、労働者が退職した場合は少し話が変わります。あまり知られていない条文ですが、労働基準法23条1項は次のように規定しています。
「使用者は、労働者の死亡又は退職の場合において、権利者の請求があつた場合においては、七日以内に賃金を支払い、積立金、保証金、貯蓄金その他名称の如何を問わず、労働者の権利に属する金品を返還しなければならない。」
このような規定がおかれたのは、退職によって会社との雇用関係が終了したにもかかわらず、会社が賃金や預かり金を長期間保有し続けることは退職者の生活に重大な影響を及ぼす可能性があり、かかる弊害を避けるためとされています。これによると、退職者から請求があった場合には、通常の給与支払日より前であっても7日以内の支払が必要になります。そのため、従業員から早く払ってほしいと請求があったにもかかわらず、当社は月末締め翌月末払いだから翌月末まで待ってくださいという対応をすることは違法になるので要注意です。ただし、労働基準法が求めているのは7日以内の支払であって、退職日までの支払ではありません。したがって、退職者から退職日当日に全額支払ってほしいと求められたとしても、会社が必ずしもその要求に応じなければならないわけではありません。法律上求められているのは、あくまで請求後7日以内の支払です。
ちなみに、この請求後7日以内の支払いというのは、従業員からの請求(口頭でも可)があることが要件となっているので、退職者から何らの請求もない場合には、23条による7日以内支払義務は発生しません。例えば、4月15日に退職した従業員が何も申し出ていないのであれば、会社は通常どおり5月末の給与支払日に支払うことも可能です。しかし、従業員から、「翌月末まで待てない」、「退職までの給与を早く支払ってほしい」といった申し出があるのであれば、請求があったものと考えるべきです。
一方で、退職金については通常の賃金とは少し事情が異なります。労働基準法11条では、賃金の定義について「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」と規定されていて、就業規則等によってあらかじめ支給条件が明確になっている退職金も賃金にあたるとされています。賃金にあたる以上、退職金についても労働基準法23条の対象となるのではないかとも考えられますが、行政解釈においては、退職金について支払時期が規程で定められている場合には、その定めによるものとされています。したがって、退職者から請求があったからといって、退職金まで一律に7日以内に支払わなければならないわけではなく、賃金と退職金は区別して考えても問題はありません。
企業として注意すべきなのは、「給与規程どおり翌月末払いだから問題ない」と思い込むことです。退職者から支払請求があった場合には、労働基準法23条の適用を受けることを知っておく必要があります。ご質問にあるように、退職者から「翌月末まで待てないので給与を支払ってほしい」と求められたとしても、会社が直ちに退職日当日に支払わなければならないわけではありませんが、請求があった場合には速やかに対応することが重要です。人事・労務担当者はこの23条の内容を正しく理解し、適切な実務運用を行うことが求められます。
リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹