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2026/07/31
退職・解雇

弊社の従業員が痴漢の容疑で逮捕されたようなのですが、他の従業員の動揺を防ぐため、すぐに解雇しても問題ないでしょうか。





 従業員が痴漢の容疑で逮捕されたという連絡が入ると、「まさかあいつが・・、人は見かけによらないな・・」などという感想と当時に、人事担当者であれば、会社の信用への影響はないか、他の従業員の動揺が広がる前に退職してもらった方がよいのではないかと考えることがあると思います。近年はSNSやインターネットニュースによって事件が瞬く間に拡散するため、仮に報道等がされていた場合は、会社は迅速な対応が求められます。




 通常、犯罪に関係した従業員への対応というと、企業秩序違反行為に対する制裁罰である懲戒解雇が話題になることが多いですが、懲戒処分を行わず、普通解雇による対応を検討する企業もあります。普通解雇と懲戒解雇では法的な根拠も判断基準も大きく異なりため、その違いを理解せずに解雇を進めると、解雇無効となるリスクが高まるので注意が必要です。普通解雇の有効性を判断する際の基本となるのは労働契約法16条で、同条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定めています。つまり、従業員は原則(例外もある)、自由に辞職できるのに対し、会社は自由に従業員を解雇できるわけではなく、解雇の理由が客観的に見て合理的で、解雇という重い措置を選択することが社会一般の感覚からみても相当であることという要件が課せられています。普通解雇は本来、労働契約を継続することが困難になった場合に認められる制度であって、具体的には、勤務成績が著しく不良で改善の見込みがない場合、心身の疾病によって長期間就労できない場合、あるいは事業縮小に伴う整理解雇などが典型的な例です。





 これに対し、痴漢の容疑で逮捕されたという事実は、直ちに労働契約を継続できない事情を意味しません。そもそも逮捕とは、刑事手続において逃亡や証拠隠滅のおそれなどを理由として身体を拘束する処分にすぎず、不起訴となることもあれば、裁判で無罪となることもありえます。そのため、逮捕だけを理由として、会社で働けない人になったと評価することは困難ですし、他の従業員が動揺しているという事情についても、それだけで普通解雇を正当化する理由にはなりません。たしかに、職場の秩序を維持することは企業の重要な責務ではありますが、動揺の原因が報道やうわさによる一時的なものである場合まで、対象となる従業員を解雇することが合理的とはいえないでしょう。そのような理由だけで普通解雇すると、あとで客観的合理性を欠くとして無効と判断されるリスクを負うことになります。




 普通解雇が問題となるのは、逮捕そのものではなく、その結果として労働契約の履行が困難になった場合です。例えば、勾留が長期間続き、本人が出勤できない状態が継続する場合で、このような場合、会社としてはしばらく欠勤扱いとし、いつごろ釈放されるのか等について関係者から事情を聴くことになりますが(そもそも逮捕された事実を会社に言わず無断欠勤を続ける場合もある)、当面、就労の見込みが立たず労働契約を維持することが困難ということになると、そこではじめて普通解雇にするかどうか検討することになります。ただし、上記のように普通解雇が認められるためには一定の要件があるので、仮に長期間就労できない場合であっても、休職制度を設けている企業がその制度を利用せずに解雇した場合などは、あとで無効と評価されることもありえます。起訴や有罪判決があった場合でも、普通解雇が当然に有効になるわけではなく、その事件によって実際に労務提供が困難になっていなかったような場合では、無効と評価されるリスクは残ります。







 従業員が逮捕された事実を聞いた人事担当者としてまず確認すべきなのは、本人が現在どのような状況にあり今後どのような展開が予想されるのか(可能性があるのか)という点で、勾留されたのか、釈放されているのか、起訴されたのか、不起訴となる可能性があるのかなど、刑事手続の状況によって企業が取り得る対応は変わらざるを得ません。かかる事実を聴取した上で、就業規則に定める休職制度や欠勤の取扱いを確認し、現時点で雇用を維持する方法がないかを検討します。配置転換や自宅待機命令など、解雇よりも影響の小さい手段によって対応できるのであれば、それらを検討することも必要です。逮捕という非常にセンシティブな個人情報になりますので、社内への説明についても慎重にすべきで、逮捕段階で本人を犯罪者として扱うような説明は避けるべきです。会社として事実関係を確認しており、就業規則や法令に従って適切に対応しているという程度にとどめることが、本人の名誉やプライバシーへの配慮という観点からも望ましいでしょう。







 従業員が刑事事件を起こした疑いがある場合、会社として迅速な対応を求められることは間違いありませんが、その迅速さが拙速な解雇につながってしまうと、後に解雇無効だとして法的に争われる可能性が高まります。普通解雇の判断で問われるのは、犯罪を犯したかどうかではなく、労働契約を継続できないほどの事情が存在するかどうかです。逮捕や社内の動揺だけでは、その要件を満たすとは通常いえません。人事担当者としては、事実関係を丁寧に確認し、休職や配置転換など他の選択肢も十分に検討した上で、最終的に雇用継続が困難であるとなった段階で初めて普通解雇を検討することが望ましいです。



令和8年7月31日

リバティ総合事務所 弁護士 石上秀樹

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