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2026/09/29
賃金・労働時間

弊社の就業規則には、「会社は毎年6月と12月の2回、社員に対し業績等に応じて賞与を支給することがある。」と書かれているのですが、ここ10年くらいは、業績に関係なく、月例給の1か月分を支給してきました。今期は例年以上に業績が悪く資金繰りが厳しいので、賞与の支払いは難しいと思ってます。不支給としても問題ないでしょうか




 就業規則の文言だけを見れば、不支給とする余地はあります。ただ、10年間にわたり年2回、月例給1か月分を支給してきたという事実があるため、この取扱いが法的拘束力を持つ労使慣行になっていないかを検討する必要があります。この点について参考になるのが、エクソンモービル事件(東京地裁平成13年7月25日決定)で、労使間で慣例として行われている労働条件等の取扱いが事実たる慣習(民法92条)として労働契約の内容となっている場合には、就業規則に反するかどうかを問わず、法的拘束力を持ち得るとし、そのような労使慣行が成立するためには、同種の行為または事実が一定の範囲において長期間反復継続していること、労使双方が明示的にその慣行によることを排除・排斥していないこと、さらに、その慣行が労使双方の規範意識に支えられていることが必要であるとしています。特に使用者側については、労働条件を決定する権限を持つ者や、その取扱いについて一定の裁量権を持つ者が、その取扱いを守るべきルールとして認識していたかが問題になります。



 この基準を今回のケースに当てはめてみると、まず、長期間反復継続しているという要件については、労使慣行の成立を肯定する事情がかなり強いと思われます。10年間、毎年6月と12月に支給してきたのであれば、約20回にわたって同じ取扱いを繰り返してきたことになり、しかも、支給額がその都度変動していたのではなく、毎回、月例給1か月分であったのであれば、単なる偶然の一致とは評価しにくくなります。



 次に問題になるのが、労使双方がこの取扱いを排除・排斥していなかったかという点です。例えば会社が毎年、賞与は業績等によって決定するものであり、今回1か月分を支給しても、次回以降の支給を保証するものではないと社員に説明していたのであれば、1か月分を固定的に支給する慣行が成立することを会社が排斥していたと評価する余地はあるでしょう。反対に、10年間そのような説明を全くせず、毎年6月と12月になれば当然のように1か月分を振り込み、従業員側もそれを当然に支給されるものとして受け取っていたのであれば、この要件も労使慣行を肯定する方向に働きます。



 今回、最も重要なのは、3つ目の要件である規範意識です。経営者など賞与を決定する権限を持つ者自身が、社員には年2回、月例給1か月分を支給することになっている、少なくとも1か月分は払うべきであると認識していたのかが重要となります。例えば毎回、社長や取締役会が会社の業績や資金繰りを検討したうえで、今年6月の賞与は1か月分とするとその都度決定していたのであれば、結果として20回連続で1か月分になったとしても、会社としては、1か月分を支給する義務があると認識していたわけではないと説明しやすくなります。これに対して、賞与額について実質的な検討を行うことなく、人事部や経理部が毎年当然のように1か月分を計算し、社長も、うちは賞与は夏冬それぞれ1か月分だからと認識していたのであれば、会社側にも規範意識があったと評価される可能性が高くなります。


 

 仮に何らかの労使慣行が成立しているとしても、その内容についても慎重に特定していく必要はあります。毎年賞与を支給するという慣行と、毎年必ず月例給1か月分を支給するという慣行は同じではありません。また、通常の経営状態であれば1か月分を支給するという慣行と、会社が赤字になり資金繰りが悪化しても必ず1か月分を支給するという慣行も同じではありません。過去10年間に多少の業績変動があったとしても、今回ほど深刻な資金繰り悪化を経験したことがなかったのであれば、どのような経営状態でも1か月分を支給するという慣行までは成立していないという議論も十分考えられます。今回のケースでは、10年間、約20回にわたって同じ金額を支給してきたという点では、労使慣行を肯定する事情といえますが、それだけではなく、会社がその取扱いを排斥していなかったか、そして何より、賞与決定権限を持つ経営者側に、1か月分を支給するのが会社のルールであるという規範意識が存在していたかが重要となります。




 今回のケースでいうと、直ちに賞与をゼロとする前に、過去10年間の賞与決定過程を調査することをお勧めします。その結果、毎期の業績を踏まえて個別に支給額を決定してきたことが確認でき、経営者にも1か月分を必ず支払うという規範意識がなかったのであれば、就業規則の業績等に応じて支給することがあるという規定に基づき、今期の深刻な業績悪化・資金繰りを理由として不支給とする余地もあるでしょう。反対に、経営者自身が長年、賞与は年2回、それぞれ1か月分を支払うものと認識していたことが資料や過去の説明から認められるのであれば、労使慣行成立のリスクは高くなります。その場合、いきなり全額不支給とするのではなく、減額支給を含めた対応を検討する方が、紛争リスクの要望という観点からは安全だと思います。


令和8年9月29日

リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹

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