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2026/09/06
賃金・労働時間

年俸制の場合、翌年度の年俸額について合意に至らなかったら、どのようにして金額を決めることになるのでしょうか





 年俸規程に、翌年度の年俸額は、人事評価等を踏まえて会社が決定するといった条項を設けている会社もあります。ただし、この一文さえあれば、前年の年俸が1000万円であった従業員について、評価が低かったので次年度は800万円とすると会社が一方的に通知するだけで、当然に200万円の減額が成立するわけではありません。減額を伴う場合には、会社に年俸額を決定する権限があることだけでなく、その権限をどのような基準・手続で行使するのかまで制度化されていることが必要とされています。


 

 この問題について参考になるのが、日本システム開発研究所事件(東京高判平成20年4月9日)です。これは、期間の定めのない雇用契約を締結している年俸制の従業員について、翌年度の年俸額について合意できないまま会社が年俸を大幅に減額した事件で、裁判所は、会社に一方的な評価決定権を認めるためには、年俸額を決めるための成果・業績評価基準、年俸額の決定手続、減額の限界、不服申立手続などが制度化され、就業規則等に明示されており、しかもその内容が公正であることが必要であるとの考え方を示しています。





 例えば、年俸規程に、前年の勤務成績を考慮し、会社が翌年度の年俸を決定するとしか書かれていないと、何をもって勤務成績を評価するのか、誰が評価するのか、評価結果が年俸額にどう反映されるのか、最低額や減額幅に限界があるのか、評価に異議がある場合に再審査を求められるのか、といった点がさっぱり分かりません。これだけで年俸額の減額が可能となるなら、極端にいえば、上司が期待した成果が出ていないと一方的に判断して1000万円を700万円にすることも、500万円にすることも可能になってしまいます。賃金という重要な労働条件について、会社にこのような無限定の裁量を認めることなどできないことは明らかでしょう。




 会社が年俸の最終決定権を持つ制度を設計するのであれば、まず、評価基準を明確にする必要があります。売上や利益などの業績だけで判断するのか、目標達成度、能力、役割、マネジメント実績なども考慮するのかを定め、その評価が年俸額にどのように反映されるのかをある程度予測できるようにすることが重要です。また、誰が一次評価を行い、誰が最終決定するのかという手続も明確にする必要があるでしょう。直属上司だけで決めるのか、人事部による調整を行うのか、役員会などで最終決定するのかによって、制度の客観性は大きく異なります。あと、特に重要なのが減額の限界で、具体的に何%までなら法的に安全という一律の基準があるわけではありませんが、年俸の減額は原則として前年度年俸の10%以内とするなど、一定の下限を設けることは、会社の裁量を限定する仕組みとして意味を持ちます。重要なのは、会社が無限定に年俸を引き下げられる仕組みになっていないことです。




 一方で、労働契約法8条は、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。」とされていて、使用者が労働者との合意なく、労働条件を不利益に変更することを原則として禁止しています。成果評価の結果、会社が年棒額を従業員の同意なく減額することが、この労働契約法8条に違反することにはならないのか気になるところです。この問題を考えるにあたってのポイントは、その減額が、労働契約の内容を会社が一方的に変更したものなのか、それとも、もともとの労働契約で予定されていた年俸決定制度を適用した結果に過ぎないのかという違いにあります。





 例えば、年俸800万円と固定的に定められている従業員について、会社が今年は評価が悪かったから来年から650万円にしますと一方的に変更するのであれば、800万円という既存の労働条件を650万円に変更することになり、従業員の同意なく勝手にそんな減額をしたら駄目でしょうということになるでしょう。それに対し、労働契約の内容が最初から、固定額ではなく、毎年度、所定の評価基準に基づいて査定し、次年度の年俸額を決定するというものだった場合であれば、労使が合意した労働条件は、毎年度、所定の査定制度によって年俸額を決定するという賃金決定の仕組みそのものだと考える余地があります。



固定額型の場合


「あなたの年俸は800万円です」

会社が一方的に700万円へ

既存の労働条件の変更

労働契約法第8条の合意原則が問題になる




査定決定型の場合


「毎年度の年俸は、会社が所定の評価制度に基づき決定します」

今年度800万円

翌年度の査定結果700万円

あらかじめ労働契約の内容となっている年俸決定制度の適用

必ずしも第8条の「労働条件の変更」そのものとはならない





 ただし、年俸制度を後から導入する場合は話が変わります。従来、年俸800万円という固定的な労働条件としていた会社が、就業規則を変更して突然、来年度から会社が査定によって自由に年俸を決定するという制度に変更するような場合であれば、既存の労働条件そのものを変更することになるので、原告、個別合意が必要で、場合によっては、労働契約法9条・10条による就業規則の不利益変更の合理性の問題になります。




令和8年9月6日


リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹




 

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