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求人情報を見ていると、「月給30万円(固定残業代5万円を含む)」などといった条件を見かけることがありますね。いわゆる固定残業代のことで、みなし残業代と呼ばれることもあります。結構広く使われている給与制度ですが、よく考えてみると不思議な制度でもあります。というのも、固定残業代を導入したからといって、残業代が一定額で済むわけでもなく、決められた時間を超えて残業した従業員には、超過分を別途支払わないといけないからです。当然のことながら、超過分の有無・額を計算する必要から、固定残業代を導入している会社でも、従業員の労働時間や残業代を把握する必要があり、給与計算や勤怠管理を省略できる訳ではありません。たまに勘違いをされている方もおられますが、固定残業代は、残業代に上限を設けるような制度ではありません。だったら、普通に、残業した時間に応じて残業代を払ったらいいんじゃないかと考えてもおかしくはありません。
ちなみに、労働基準法の中には固定残業代という名前の制度は規定されていません。同法37条は、法定労働時間を超えて働かせた場合などに使用者が割増賃金を支払わなければならないと定めているだけで、その支払方法については特に書かれていません。通常であれば、実際に行われた時間外労働をもとに毎月の割増賃金を計算しますが、その一部をあらかじめ定額の手当として支給することもあり、これが一般に固定残業代と呼ばれているものになります。なんのためにそんな支給方法を採用するのかというと、一つには、毎月の給与額をある程度安定させられることがあります。残業時間に応じてその都度残業代を支払う会社では、繁忙期には給与が増え、閑散期には減るので、従業員からすると手取り額にばらつきが出ます。そのばらつきをできるだけ減らすために固定残業代として支給するというのは、従業員の側からすると、毎月の収入の見通しを予測しやすくなり、それなりに有難い制度ということにはなるでしょう。
では、会社にはなんのメリットもないのでしょうか。従業員にとってメリットのある制度ということで、求人する場合に応募が増える可能性があるという効果はあるかもしれませんが、実際のメリットはそれだけではありません。通常の残業代の場合、残業時間に比例して残業代を支払うことになるので、仕事を早く終えた人より、長い時間をかけた人の給与の方が高くなる傾向があります。そのため、会社が残業削減を進めようとすると、残業を減らされると給料まで減ってしまうと従業員側に抵抗される可能性もあります。固定残業代の場合であれば、仮に、固定残業代の範囲内で残業が減ったとしても、固定残業代は通常そのまま支給されるので、従業員からすると同じ給与を受け取りながら早く帰れることになり、反対する理由はありません。仕事を効率化して早く終わらせた人が、残業代の減少によって結果的に損をするという感覚も生じにくくなります。この点は、固定残業代を考えるうえで意外に重要です。
固定残業代を導入する場合、制度の作り方にも注意が必要です。よく言われるように、通常の賃金に当たる部分と割増賃金として支払われている部分を区別できることや、その手当が実際に時間外労働等の対価として支払われていると評価できることが必要となります。固定残業代を採用するのであれば、基本給はいくらなのか、固定残業代はいくらなのか、何時間分を想定しているのか、超過した場合にはどうするのかを、雇用契約書や労働条件通知書などで明確にしておく必要があります。求人の出し方にも注意が必要で、職業安定法第5条の3に基づく労働条件の明示との関係で、固定残業代を採用する場合には、その計算方法、固定残業代を除いた基本給、固定時間を超えた時間外労働について追加の割増賃金を支払うことなどが分かるように表示する必要もあります。
相談者の方から、固定残業代を導入するメリットはありますかと聞かれた場合、ないわけではありませんが、目的を明確にした上で運用を間違えないようにしないと、大きなリスクを負うことになりますよと説明するようにしています。定額残業代の有効性を否定されてしまうと、残業代を全く支払ってこなかったことになってしまうばかりか、定額残業代部分も残業代を計算する元となる基礎賃金に含まれることになるため、残業代(+付加金)が大きく膨れ上がることになります。影響が固定残業代を支払っている多くの社員にまで広がると、会社が被る経済的な損失が膨大となり、場合によっては、倒産の危機に陥る可能性も否定できません。確かに、毎月の給与を安定させやすく、会社も一定の範囲で人件費を予測しやすい、従業員にとっても仕事の効率化(残業削減)と給与水準を両立させやすいという等のメリットがあるのも事実です。うまく使えば、給与を安定させながら、仕事を早く終わらせることにも意味を持たせられる制度ではあります。ただ、そのメリットを生かせるかどうかは、会社が、固定残業代制度のメリット・デメリットについて正確に理解をしていることが大前提となります。
令和8年8月31日
リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹