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2026/10/11
その他の労働条件

在籍出向を命じられたのですが、出向先との間で別途労働契約書を作成しなくてもよいのでしょうか?




 企業が従業員に在籍出向を命じる場合、出向元との雇用関係を維持しながら、出向先との間にも労働契約関係が成立すると説明されるのが一般的です。従業員が労働契約を締結した相手は出向元の会社であるにもかかわらず、なぜ別の会社との間にも労働契約関係が成立するのでしょうか。この点、労働契約法6条は、労働契約について、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことを、労働者と使用者が合意することによって成立すると定めていて、この規定を素直に読む限り、労働契約の成立には、労働者と使用者双方の合意が必要です。そうすると、A社の従業員をB社に在籍出向させる場合、B社との間にも労働契約関係が成立するというのであれば、労働者とB社との間にも何らかの合意が必要になるのではないか、という疑問が生じるのも理解できます。





 この点、最高裁平成15年4月18日判決(新日本製鐵事件)は、労働協約や就業規則に出向の根拠があり、出向期間、出向中の地位、賃金、復帰などについて具体的な規定が整備されていた事案で、個別同意のない出向命令を有効と判断しています。この判決からすると、従業員が入社時などに、将来の在籍出向について包括的に同意していたと評価できる場合には、会社は改めて個別同意を得ずに出向を命じることができるとも考えられます。



 注意が必要なのは、出向元が出向を命じる権限を有するという問題と、出向先との間に労働契約関係が成立するという問題は、厳密には同じではないことです。例えば、A社の就業規則に、会社は業務上の必要に応じて、従業員に関係会社への出向を命じることがあると規定されていて、従業員がこの規定を前提としてA社に入社したのであれば、将来、関係会社への出向を命じられる可能性について、一定の同意があったと考える余地はあるでしょう。しかし、この時点では、具体的な出向先がB社になるのかC社になるのかも、いつ出向するのかも決まっておらず、それにもかかわらず、将来出向先となる会社との労働契約まで成立していると考えるのは困難です。そのため、在籍出向の法的構成については、出向元との労働契約を基礎として、その労働契約上の権利義務の一部が出向先に移転するという考え方などが示されています。この考え方によれば、従業員が入社時に同意しているのは、将来の不特定の会社との労働契約そのものではなく、一定の条件の下で、出向元が労務指揮権などを出向先に移すことを認めるという限度での合意だと考えられています。その後、出向元と出向先との間で具体的な出向契約が締結され、出向命令が発せられることによって、出向先が労働者に対して一定の指揮命令権を取得し、出向先との労働契約関係が形成されるとするわけです。



 在籍出向の法律関係をどのように構成するかについては、学説上も議論があります。在籍出向によって出向先との間に独立した労働契約が成立すると説明する場合でも、通常の新規採用と全く同じ方法で契約が成立するとは限りません。労働契約法6条は、労働契約の成立について書面による契約締結を要求していないので、労働者と出向先との間で新たな雇用契約書を取り交わさなければ、在籍出向が成立しないというわけでもありません。重要なのは、書面の有無ではなく、出向先との法律関係を成立させることについて、労働者の意思に基づく根拠が存在するかというところです。




 民法625条1項は、使用者がその権利を第三者に譲り渡すには、労働者の承諾が必要であると定めていて、在籍出向は、出向元との雇用関係を終了させるものではありませんが、労務指揮権などを別の会社に移すという点で、労働者の承諾を重視する同条の趣旨と関係します。そのため、会社としては、就業規則に抽象的な出向命令条項を設けるだけでなく、出向先の範囲、出向期間、賃金の取扱い、出向中の指揮命令関係、復帰の条件などをできる限り明確にしておく必要があります。これらの事項が明確であれば、従業員が入社時にどのような出向を予定し、何について同意していたのかを説明しやすくなりますし、逆に、出向先も労働条件も会社が自由に決められるような制度では、従業員が事前にどこまで同意していたのかが不明確で、将来争われるリスクが残ります。



 ちなみに、出向元と出向先の間では、賃金支払義務、安全配慮義務、人事評価、懲戒権限などをどのように分担するのか整理しておく必要があります。出向命令が有効だとしても、出向先にあらゆる使用者権限が当然に認められるわけではないからです。在籍出向の問題は、労働者が入社時に誰に対して労務を提供することを約束し、その後、どのような合意と法律関係によって別会社の指揮命令を受けることになるのかという、労働契約の基本構造に関わる問題です。入社時の包括的同意は、将来の出向先との労働契約をあらかじめ成立させるものではなく、一定の範囲で出向元が労働契約上の権限を出向先に移すことを認める根拠だと理解すると、労働契約法6条の合意原則と、個別同意を必要としない在籍出向の仕組みを、整合的に理解できるかもしれません。



令和8年10月11日

リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹

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