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2026/05/20
各種保険

労災保険給付と厚生年金の両方を受け取ることはできるのでしょうか。




 仕事中の事故や通勤災害によって大きなけがを負った場合、労災保険から補償を受けられることがあります。また、その事故によって障害が残ったり、死亡という重大な結果に至った場合には、厚生年金から障害厚生年金や遺族厚生年金が支給されるケースもあります。そこでよく問題になるのが、労災保険と厚生年金を同時にもらうことはできるのかという点です。インターネット上では二重取りはできないという説明も見られますが、正確ではありません。





 労災保険給付と厚生年金は、原則として両方を受給することが可能です。ただし、同じ事故について双方から満額支給されるわけではなく、法律上の調整制度が設けられています。どちらか一方しか受け取れないという訳ではありません。前提として理解しておきたいのは、労災保険と厚生年金は制度目的が異なるという点です。労災保険は、「労働者災害補償保険法」に基づく制度であり、業務上または通勤中の事故によって労働者が被った損害を補償することを目的としています。会社の業務に起因して生じた災害について、迅速かつ公正に補償を行う制度であり、保険料は原則として事業主が負担します。これに対し、厚生年金保険は、老齢、障害、死亡といった人生上のリスクに備える社会保険制度であり、労災事故だけを対象にしているわけではありません。被保険者と事業主とが折半で保険料を納め、その対価として将来の所得保障を受けるという性格を持っています。労災保険は仕事が原因で生じた損害への補償であり、厚生年金は社会保険としての所得保障というように制度目的が異なる以上、本来的には双方から給付を受けても不自然ではありません。




 ただ、同じ事故について完全に満額の給付を重ねてしまうと、過大な補償になる(受け取る年金額の合計が、被災前に支給されていた賃金よりも高額になってしまう)可能性があります。また、保険料負担について、厚生年金保険は被保険者と事業主とが折半で、労災保険は事業主が全額負担していることから、事業主の二重負担の問題も生じてしまいます。そのため、労働者災害補償保険法や厚生年金保険法においては、一定の範囲で給付調整を行っています。




 たとえば、工場での重大事故によって脊髄を損傷し、後遺障害が残ったケースを考えてみると、この場合、労災保険上の障害等級に該当すれば、障害補償年金が支給されます。同時に、厚生年金側でも障害等級に該当すれば、障害厚生年金を受けられる可能性があります。このように、両制度からの受給自体は認められていますが、実際には、障害厚生年金を受ける場合、労災保険側の障害補償年金について一定割合の減額調整が行われます。具体的な調整率はケースによって異なりますが、一般的には労災年金の一部が減額される仕組みです。この点は、遺族年金についても同様で、業務災害によって労働者が死亡した場合、遺族は労災保険の「遺族補償年金」を受けられる可能性があり、厚生年金の加入者であれば、「遺族厚生年金」の支給対象にもなり、両方の受給が可能ですが、障害年金の場合と同様、一定の調整が行われることになります。




 実際のところ、労災を受けると年金はもらえないと誤解されている方は多いのではないでしょうか。しかし、上述のように、法律は一定の併給を前提として制度を設計していて、重要なのは、受給できるか否かではなく、どのような調整が行われるかという点にあります。この点、会社側が十分な説明をしていないケースも少なくありません。特に中小企業では、労災請求の説明だけで終わり、障害厚生年金や遺族厚生年金について案内されないこともあります。労災事故は、被災した本人だけでなく、家族の生活にも大きな影響を与えます。その中で、利用できる制度を正しく理解することは極めて重要です。特に障害年金や遺族年金は請求主義であり、自動的に支給されるわけではありません。そのため、実際に請求を検討される際には、年金事務所や労働基準監督署、社会保険労務士や弁護士などの専門家と相談しながら進めることをおすすめします。




リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹

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