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2026/04/22
各種保険

労災の認定上、適応障害とうつ病とで違いが生じるのか教えてほしい。





近年、職場におけるメンタルヘルス不調を理由とする労災申請が増加しています。とりわけ診断名として多く見られる「適応障害」と「うつ病(大うつ病性障害)」は、一見すると似たような精神疾患に思われがちですが、労災認定の実務においては重要な差異が存在します。


労災保険制度は、「労働者災害補償保険法」に基づき、業務に起因する負傷や疾病について補償を行う制度ですが、精神障害の業務起因性については、厚生労働省が定める「心理的負荷による精神障害の認定基準(令和2年改正)」に従って、業務との因果関係が判断されます。この基準は、ICD-10(国際疾病分類)に基づく精神障害を対象とし、適応障害とうつ病はいずれも対象に含まれます。しかし、両者は発症の仕組みや原因の捉え方が異なるため、認定のされ方にも差が生じます。







上記厚労省の認定基準によると、精神障害の労災認定は、①対象疾病であること、②発症前おおむね6か月以内に強い心理的負荷が存在すること、③業務以外の要因が主たる原因ではないこと、という三つの要件によって判断されます。この枠組みの中で、適応障害とうつ病は「業務との結びつきの明確さ」という点で大きく異なります。


適応障害は、特定のストレス要因に対する反応として発症する疾患であり、原因となる出来事が比較的明確である点に特徴があります。たとえば、上司からの強い叱責や配置転換、急激な業務負担の増加など、具体的な出来事と発症との時間的・内容的な結びつきが説明しやすい傾向にあります。そのため、認定基準における「心理的負荷」との対応関係が比較的明確となり、業務起因性が肯定されやすい構造にあります。一方で、うつ病に関する事案では、業務外要因の影響が詳細に検討される傾向があります。たとえ長時間労働が認められる場合であっても、家庭問題や個人的事情が発症に大きく関与していると評価されれば、労災認定が否定される可能性はあります。



ただ、平成23年10月21日の第10回検討会会議録に、「実際の労災請求事案において、業務による強い心理的負荷が認められたにもかかわらず、業務以外の心理的負荷又は個体的要因により発病して業務外と判断されたものはほとんどないという状況」であると述べられていることから、業務による強い心理的負荷が認められる場合において、業務外の心理的負荷や個体的要因がよほど顕著なものでない限りは、業務起因性が認められる傾向にはあると思います。例外的に認められなかったものとしては、例えば、私生活上の株取引で3カ月の間に900万円以上の損害を被ったことが労働者に極めて多くの心理的負荷を与えたものと認定して業務起因性を否定した東京高判平成19年10月11日、うつ病を発症して自殺した労働者がパセドウ病にも罹患していたことから、パセドウ病の影響により自殺した可能性も否定できないとした東京地判平成21年9月9日などがあります。








企業の人事・労務担当者にとって重要なのは、診断名そのものに着目するのではなく、従業員の精神疾患と業務との因果関係が認められるのかという点です。適応障害の場合、ハラスメントや過重労働といった具体的事実との対応関係が問題となりやすく、結果として企業の安全配慮義務違反が問われるリスクも高まります。他方で、うつ病の場合には、私生活上の事情との切り分けや医師の意見書の内容がより重要となり、因果関係の評価は一層難しくなるでしょう。あと、実務上見落とされがちなのが診断名の変化です。当初は適応障害と診断されていたものが、症状の長期化に伴ってうつ病へと診断変更されるケースも少なくありません。この場合、労災認定は単一時点の診断ではなく、発症からの経過全体を踏まえて判断されるため、継続的な事実関係の整理が不可欠となります。



適応障害とうつ病はいずれも労災認定の対象となる精神障害ですが、業務との因果関係の評価という観点において本質的な違いがあります。繰り返しになりますが、適応障害は特定の出来事との結びつきが強いため、業務起因性が認められやすいのに対し、うつ病は多因子的な性質を有するため、業務が主たる原因であることの立証がより重要となります。企業としては、「労働施策総合推進法第30条の2」に基づくハラスメント防止措置や、長時間労働の是正といった基本的な労務管理を徹底することが、結果として労災リスクの低減につながります。メンタルヘルス対応は、発症後の対応のみならず、予防的観点からの取り組みこそが法的にも実務的にも重要です。


リバティ総合法律事務所

弁護士 石上 秀樹

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