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2026/05/22
各種保険

労災の裁判の件で無料法律相談を受けた際、基礎疾患があるので素因減額されるかもしれないと言われました。初めて聞く言葉でよく理解できなかったので、素因減額について教えてほしいです。





 長時間労働、パワハラ等が原因で精神疾患を発症したとして会社の責任を追及する場面では、素因減額(そいんげんがく)という言葉が使われることがあります。法律相談で初めて耳にし、持病があると補償が減ってしまうのかと不安になった方も多いのではないでしょうか。実際、労災の裁判では、事故や職場環境による影響と、被害者にもともと存在していた病気や体質による影響をどのように区別するかが争点になることがあります。



 「素因」とは、その人がもともと持っていた身体的・精神的な特徴を意味します。たとえば、以前から腰椎ヘルニアがあった、うつ病の既往歴があった、骨が弱い体質だったといった事情です。ハラスメントや過重労働によって症状が悪化した場合、どこまでが会社の責任なのかが問題になります。このとき用いられるのが、素因減額という考え方です。これは、被害者側の体質や既往症が損害拡大に影響したと認められる場合、その分だけ賠償額を減らすという効果を認めるもので、法律に明確に書かれている制度ではありませんが、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用する形で、裁判例の積み重ねによって形成されてきたルールです。 




  

 民法722条2項は、「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」と規定しています。この規定は、加害者と被害者の間で生じた損害の公平な分担を実現することを目的としていますが、傷病の発生、悪化について被災者に過失がなくても、被災者側の事情によって損害が発生・拡大した場合には、「事故とは無関係の部分まで加害者に負担させるのは公平ではない」という観点から、一定の場合に限ってこの規定を類推適用することが認められているのです。




 労災の民事裁判でよく問題になるのは、腰痛や精神疾患のケースです。たとえば、重い荷物を運搬中に腰を負傷した事案では、MRI検査などによって加齢による椎間板変性や既往症が見つかることがあります。すると会社側は、「事故がなくても症状は出ていた」「もともとの病気が主な原因だ」と主張し、損害賠償額の減額を求めることがあります。精神疾患の事案でも同様です。長時間労働やパワハラによってうつ病を発症したケースで、会社側が「もともと精神的に脆弱だった」「過去に精神科通院歴がある」と反論することは少なくありません。



 その際、裁判所は、単に基礎疾患の存在だけを見るのではなく、その病気や体質がどの程度強かったのか、事故との関係がどれほどあるのかを慎重に検討します。現代の職場には強いストレスや過重労働が存在しており、「精神的に弱かったから自己責任」という単純な整理は適切ではないと考えられているからです。一方で、月100時間を超える長時間労働や執拗なパワハラが存在した事案では、多少の既往歴があったとしても、会社側の責任が重く認定されるケースは少なくありません。重要なのは、持病があったという事実ではなく、過重労働やハラスメントの影響によってどれほど症状が悪化したのかという点です。




 法律相談を受ける際、素因減額の可能性がありますと言われても、直ちに裁判では勝てないのではないか、補償はほとんど出ないのではないか等と考える必要はありません。素因減額を主張する側には、それを裏付ける医学的証拠が必要で、会社が単に持病が原因だと主張するだけでは足りず、診療記録や医師の意見書などをもとに、既往症がどの程度損害に影響したのかを具体的に立証しなければなりません。素因減額は非常に専門的な論点であり、医学的証拠や働き方の実態、会社側の安全配慮義務違反の程度など、多くの事情を踏まえて判断されます。労災の民事裁判では、医療記録や勤務記録の整理が結果を大きく左右します。不安を感じた場合には、持病があるから不利と自己判断することなく、労災案件を扱う弁護士等へ相談されることをおすすめします。





リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹




 

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