-1.jpg)
労働災害が発生した場合、被災労働者や遺族は労災保険から各種給付を受けることができます。しかし実務上、「自分にも不注意があった」「ルール違反をしていた」といった事情がある場合に、保険給付額が減額されるのかという疑問がしばしば生じます。民事上の損害賠償(不法行為責任)では、被害者にも過失がある場合、「過失相殺」(民法418条、722条2項)により賠償額が減額されることがあります。この発想から、労災保険においても同様に減額されるのではないかと誤解してもおかしくありません。
しかし、労災保険においては、原則として、労働者側に過失があっても、それだけで労災保険給付が減額されることはありません。なぜなら、労災保険制度は、企業の責任追及とは別に、労働者の生活保障を迅速に行う社会保険制度として設計されていて、民事上の損害賠償責任の場面とは考え方が異なるからです。
ご質問に対する回答としては、労働者側に過失があっても、原則として、それだけで労災保険給付が減額されることはないということになります。根拠となるのは、労働者災害補償保険法の制度趣旨および同法12条の2の2(給付制限)です。同条は、一定の場合に保険給付を制限できる旨を定めていますが、その対象は限定的です。具体的には、以下のような場合です。
① 労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となつた事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。
② 労働者が故意の犯罪行為若しくは重大な過失により、又は正当な理由がなくて療養に関する指示に従わないことにより、負傷、疾病、障害若しくは死亡若しくはこれらの原因となつた事故を生じさせ、又は負傷、疾病若しくは障害の程度を増進させ、若しくはその回復を妨げたときは、政府は、保険給付の全部又は一部を行わないことができる。
ここでいう「重大な過失」とは、単なる不注意では足りず、「通常では考えられないほど著しい不注意」を指すと解されています。例えば、安全装置を意図的に外して作業を行うなど、極めて危険な行為が典型です。同条に基づく減額や不支給は実務上きわめて限定的に運用されており、単なるヒューマンエラーや軽過失では適用されません。
ちなみに、労災保険には民法のような「過失相殺」の規定は存在しません。労働者に一定の落ち度があったとしても、それを理由に比例的に給付額が減額される仕組みにはなっていません。労災保険給付は「無過失補償」に近い性格を持つと解されていて、労働者の過失の有無は原則として支給判断に影響しないとされています。労働基準監督署による調査の中で、事故原因として労働者側の行動が検討されることもありますが、これは主として再発防止や企業の安全管理体制の評価のためであり、給付額の調整と直接結びついている訳ではありません。
したがって、労災申請にあたって「本人にも落ち度があるから申請は控えた方がよいのではないか」と判断するのは誤りです。前述のように軽過失があるに過ぎない場合は、原則として給付対象となります。
一方で、企業の安全配慮義務違反(労働契約法第5条)の有無を問う民事訴訟の場面では、過失相殺が問題となり、労働者の過失が損害賠償額の減額要素として考慮されます。労働者に重大な規律違反がある場合には、労災給付の制限が問題となるだけでなく、懲戒処分の検討対象にもなり得ます。
労災保険制度は、労働者の迅速な救済を目的とする社会保険であり、民事責任とは異なる枠組みで運用されています。そのため、請求者側に一定の落ち度があっても、原則として給付額が減額されることはありません。例外的に、故意や重大な過失がある場合には、労働者災害補償保険法12条の2の2に基づく給付制限があり得ますが、その適用は限定的です。実務上は、「過失がある=給付不可」という誤解を排し、適切に労災申請を行うことが重要です。同時に、企業としては事故原因を正確に分析し、安全配慮義務の履行と再発防止策の徹底を図ることが求められます。
リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹