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仕事中の事故や通勤災害によって負傷し、長期間働けなくなった場合、生活を支える重要な制度となるのが労災保険です。正式には労働者災害補償保険法に基づく公的保険制度であり、その中でも利用される機会が多いのが休業補償給付です。この休業補償給付は、業務上の負傷や疾病によって労働することができず、その結果として賃金を受けられなくなった労働者に対し、所得補償の目的で支給されるもので(同法14条)、労災事故に遭ったからといって無条件に支給されるわけではありません。「業務上または通勤による傷病であること」「労働できない状態にあること」「賃金が支払われていないこと」という要件を満たす必要があります。休業した最初の3日間については「待期期間」とされ、労災保険からの給付は行われません。4日目以降について、給付基礎日額の60%が支給され、さらに特別支給金として20%が加算されるため、おおむね給料の8割程度が補償されます。
健康保険の傷病手当金には原則1年6か月という支給期間がありますが、労災保険にも同じような上限があるのでしょうか。結論からいえば、休業補償給付には、傷病手当金のような一律の支給上限はありません。つまり、法律上は「何年まで」と機械的に定められているわけではなく、支給要件を満たす限り、比較的長期間にわたって受給することも可能です。実際、重度の労災事故や精神疾患事案では、数年間にわたり支給が継続するケースも珍しくありません。もっとも、無制限に永久に受給できるわけではなく、「治癒(症状固定)」に至った段階で、休業補償給付は終了することになります。
この症状固定とは、治療による改善効果が期待できなくなり、症状が安定した状態を意味します。例えば、骨折自体は治ったものの可動域制限が残っている場合や、神経障害によるしびれが慢性的に残存している場合などが典型例です。また、精神疾患においても、一定期間治療を継続しても大幅な改善が期待し難いと判断されれば、症状固定と評価されることがあります。この段階になると、「療養によって回復を目指す時期」から、「後遺障害が残った状態」へと変わり、休業補償給付は終了し、代わって障害補償給付の対象になる可能性が生じます。症状固定の時期によって、休業補償給付を受けられる期間が変わるだけでなく、後遺障害等級や損害賠償額にも影響するため、症状固定の時期の判断は非常に重要です。
業務災害による一部の重い傷病については、休業補償給付とは別に「傷病補償年金」という制度が設けられています。これは労働者災害補償保険法12条の8の3項、18条に規定されている制度で、療養開始後1年6か月を経過しても治癒しておらず、かつ障害の程度が傷病等級1級から3級に該当する場合には、休業補償給付ではなく、年金形式による補償へ移行する仕組みです。この制度が存在するため、重篤な後遺障害を負った労働者については、長期間にわたって一定の生活保障が維持されることになります。特に脳・脊髄損傷や重度の精神障害などでは、この傷病補償年金が問題となる場面が少なくありません。
一定の期間休業補償給付の支給を受けていると、会社側としては、「そろそろ復職できるのではないか」、「もう治っているのではないか」と考えるケースもあるでしょう。しかし、休業補償給付の支給継続を最終的に判断するのは会社ではなく、労働基準監督署です。監督署は、主治医の診断書、治療経過、通院状況、就労可能性などを踏まえて総合的に判断します。会社が独自に「打切り」を決めることはできません。労働不能状態が続き、かつ療養による改善可能性が認められる限りは継続され、労基署が、「治癒(症状固定)」と判断してはじめて終了することになります。
リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹