「ワーク・ライフ・バランス」についての議論が白熱している昨今ですが、ライフとのバランスとは別に、今、新たに注目されているのが「ワーク・ワーク・バランス」という考え方です。これは「仕事と生活の調和」ではなく、「複数の仕事の調和」を意味します。副業や兼業が広がる現代では、複数の職務・プロジェクトをどう両立させるかが新たな課題となっています。
政府もこの流れを後押ししています。厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(2024年3月改訂)では、企業は原則として副業を禁止するのではなく、「本人の希望を踏まえて柔軟に認める」方向へ転換すべきとされています。最新版では、企業が副業を許可する際に考慮すべきリスク管理の方法がより具体的に示され、就業規則の見直しや健康管理体制の整備が推奨されています。
とはいえ、副業・兼業には法的課題が多くあります。第一に重要なのが労働時間の通算管理です。労働基準法第38条は、「労働者が複数の事業場で働く場合、その労働時間は通算して管理しなければならない」と定めています。A社で8時間、B社で4時間働けば合計12時間労働となり、時間外労働の上限規制(同法第36条)に抵触するおそれがあります。企業が副業を容認する場合、本人から他社での労働時間を申告させる仕組みを設け、過重労働による健康障害防止(労働契約法第5条)に努める必要があります。
(労働者の安全への配慮)
労働契約法第5条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
次に問題となるのが、競業避止義務・守秘義務です。副業先が同業種である場合、本業の企業秘密や顧客情報の漏えいリスクが生じます。企業は就業規則や誓約書で「競業に該当する業務の副業は禁止」と定めることができますが、その範囲は合理的でなければなりません。判例(東京地裁平成12年12月11日判決・大和銀行事件)でも、競業禁止は「企業の正当な利益を保護する範囲内」でのみ有効とされ、過度な制約は労働者の職業選択の自由(憲法第22条)を侵害すると判断されています。
また、健康管理と成果評価の難しさも無視できません。副業により長時間労働となった場合、健康診断や労災補償の対象が不明確になることがあります。ガイドラインでは、企業は従業員の自己申告に基づいて総労働時間を把握し、必要に応じて産業医面談を実施することが望ましいとされています。一方、人事評価面では、副業に時間を割く社員に対して「本業へのコミットメントが低い」とみなす風潮も根強く、評価基準を成果重視にシフトするなどの運用改善が求められます。
1. 就業規則の改定
副業を許可制にするか届出制にするかを明確にし、禁止の範囲(競業・機密情報漏えい等)を具体的に規定。
2. 労働時間管理の方法の整備
他社勤務分の労働時間を申告させ、通算して管理する体制を構築。
3. 健康管理・安全配慮義務の対応
副業を行う従業員の過重労働リスクを定期的にチェックし、必要に応じて面談・勤務調整を実施。
4. 情報管理体制の強化
守秘義務・競業禁止に関する誓約書を整備し、機密情報の取り扱いルールを社内教育で徹底。
「ワーク・ワーク・バランス」とは、単に副業を解禁することではなく、働く人が複数の仕事を通じてキャリアと健康を両立させるためのバランス設計を意味します。企業にとっても、社員が社外で得た経験を組織に還元できれば、大きな競争力の源になります。
副業・兼業社会の時代、重要なのは「一人の社員をどのように守り、どう活かすか」という視点です。制度と現場の両輪でワーク・ワーク・バランスを支えることが、これからの働き方改革の核心になるでしょう。