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2025/10/13
その他(労務関連)

働き方改革について


昨今、高市自民党新総裁の「ワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てる。」という発言をきっかけに、日本・企業の国際競争力が低下したのは、政府が進めてきた「働き方改革」にも一因があるといった声が国民の間から聞こえてきます。このような意見を聞いて個人的に思い出すのは、教育分野に関し、ゆとり教育の弊害で日本の子供たちの学力が低下したから脱ゆとりへ舵を切れという世間の声です。個人的には、子どもたちが自ら学び自ら考える力の育成という「ゆとり教育」の趣旨を徹底できなかったことが問題なのであって、以前のような詰め込み教育(脱ゆとり教育)に戻るべきとは考えません。いくら詰め込んだところでAIに勝てないことは明らかで、今後、知識を詰め込める能力が評価される時代はおそらく到来しないでしょう。真面目にコツコツ努力する能力、指示されたことに素直に従う能力については、評価される職場もあるかもしれませんが、AIも指示されたことに素直に従う能力については既に兼ね備えていいますし、まじめにコツコツ努力する能力は、勉強以外の分野での成果からも評価することができるので、詰め込み教育に戻るメリットは何もないように私は感じます。


同様に、「働き方改革」についても、個人的には、多様な人材を生かすことで、労働力不足や労働生産性の改善につなげるという「働き方改革」の目的を実現できていない現状が問題だとは考えますが、「働き方改革」自体が間違った政策であった、以前のように長時間労働に戻るべきだなどとは思いません。この「働き方改革」については、誤解されているところも多くあるように感じるので、 「働き方改革」とはどのような改革だったのか、改めて、振り返ってみましょう。




2019年に施行された「働き方改革関連法」は、単なる労働法改正にとどまらず、日本経済の構造的課題に正面から取り組む国を挙げたプロジェクトでした。背景にあるのは、少子高齢化による労働力人口の減少、長時間労働による生産性の低迷、そして国際的に見た日本企業の競争力低下という現実です。
世界経済フォーラムの「グローバル競争力ランキング」において、日本は1990年代には上位常連国でしたが、近年は30位前後にとどまっています。OECDの統計によれば、日本の時間当たり労働生産性は加盟38か国中20位台に位置し、主要先進国の中では最下位グループにあります。こうした背景のもと、働き方改革は「人を長く働かせる」経営から「人が能力を最大限に発揮できる」経営へと転換を促す仕組みとして位置づけられました。


働き方改革関連法は、複数の法律改正を包括した制度改革です。主な柱は以下のとおりです。



第一に、労働基準法の改正による「時間外労働の上限規制」(同法第36条関係)です。これにより、原則として月45時間・年360時間を超える残業は禁止され、違反には罰則が科されます。長時間労働の是正は、過労死防止の観点だけでなく、業務効率化と生産性向上の前提条件と位置づけられました。



第二に、年次有給休暇の取得義務化(労働基準法第39条第7項)です。企業は年10日以上の有給休暇が付与される労働者に対し、年5日について時季を指定して取得させなければなりません。休暇の確保は、働く人の健康維持と創造性向上に資する制度とされています。




第三に、同一労働同一賃金の実現です(パートタイム・有期雇用労働法第8条)。正社員と非正規社員の間で不合理な待遇差を禁じ、職務内容や責任に応じた公正な処遇を求めています。これは、欧州諸国の労働法制に近い考え方であり、労働市場の透明性と公平性を高める点で国際基準に整合します。




さらに、高度プロフェッショナル制度(労働基準法第41条の2)等も導入されました。職務成果で評価される専門職に対しては、労働時間の規制を外す制度であり、成果重視型の働き方を促進する仕組みです。





これらの改革は、単に「労働者の保護」を強化するだけでなく、企業の国際競争力を高める基盤づくりにもつながっています。



第一に、生産性向上の促進です。時間外労働の上限規制を受け、企業は業務の標準化・デジタル化を進めざるを得ませんでした。業務プロセスの見直しやDX(デジタルトランスフォーメーション)の加速は、結果として付加価値の高い働き方への移行を促しました。


第二に、多様な人材の活用です。テレワークやフレックスタイム制度の普及により、育児・介護中の人材や地方在住者、さらには海外人材との協働が現実的な選択肢となりました。特にコロナ禍を経て、国境を越えたオンライン協働が一般化したことは、日本企業にとってグローバル人材戦略を再構築する契機となりました。


第三に、国際的な信頼性の向上です。日本の労働環境に対しては長らく「過労社会」との批判がありました。労働時間規制やハラスメント防止措置(労働施策総合推進法第30条の2)を通じ、ILO(国際労働機関)の基準に近づく制度整備を進めることは、国際社会における日本企業のブランド価値を高めることにもつながります。サプライチェーン全体でESG経営(環境・社会・ガバナンス)が求められる現在、労働環境の健全化は取引条件にも直結する経営課題です。


働き方改革の実施後、時間外労働の上限規制の導入により、多くの企業で業務の効率化やITツール導入が進みました。また、テレワークやフレックスタイム制度の活用により、多様な人材が働き続けやすい環境が整いつつあります。これは、潜在的な労働力の活用という点で一定の成果といえます。厚生労働省の調査では、時間外労働の平均時間が減少し、有給休暇取得率も上昇傾向にあるようです。労働生産性についても、少しずつではあるものの上昇傾向にはありますが、国際的な比較でいうと、まだまだ先進国の中では下位で推移しています。

一方、制度対応が目的化し、「残業削減による業務停滞」「評価制度の不整合」といった課題も顕在化しています。特に中小企業では、人材や資金の制約から改革が形骸化するケースも少なくありません。改革を真に競争力強化につなげるには、制度対応だけでなく、経営戦略と組織文化の転換が必要です。たとえば、成果主義やジョブ型雇用の導入を通じて、職務ごとに明確な責任と評価基準を設定することや、リスキリング(再教育)への投資を拡大し、個々の労働者が高付加価値の業務を担えるよう支援することが、労働生産性向上の鍵となるかもしれません。労働生産性向上との関係では、、終身雇用制や年功序列賃金に代表される日本型雇用システムがあり、解雇規制が厳しい我が国の法制において、労働移動の円滑化(雇用の流動性)をいかに図るかもポイントになります。


働き方改革は、企業にとって法令遵守の義務であると同時に、経営戦略の一部として位置づけるべきものです。
制度の目的を単に「労働負担の軽減」と捉えるのではなく、企業の魅力を高め、優秀な人材を国内外から引きつけるための基盤と捉える発想転換が必要です。グローバル企業との競争が激化する中、柔軟で公正な労働環境を整備できる企業こそが、人材とイノベーションを引き寄せ、国際競争力を強化していくでしょう。


日本の労働法制は、いまや国際的な基準との整合性を強める方向にあります。今後は、企業がその趣旨を理解し、働き方改革を「規制」ではなく「成長のエンジン」として活用できるかどうかが、日本経済の将来を左右します。
働き方改革の本質は、法律の遵守にとどまらず、「人を活かす仕組み」を企業文化として根づかせることにあります。これを実現できる企業こそが、人口減少時代においても持続的な成長と国際競争力を維持できる存在となるはずです。

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