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2025/09/05
ハラスメント

カスタマーハラスメントと職場環境配慮義務

 

近年、企業の現場で深刻化している問題の一つが「カスタマーハラスメント(カスハラ)」です。過剰なクレームや不当な要求、暴言や威嚇行為などにより、従業員が強い精神的ストレスを受け、場合によっては離職やメンタル不調につながるケースも少なくありません。 

  


厚生労働省は2022年、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表しました。そこでは、顧客からの著しい迷惑行為への対応は企業の責任であり、放置すれば職場環境を害することになると明記されています。この職場環境配慮義務とは、労働契約法第5条の「安全配慮義務」から派生した概念とも言われていて、企業は労働者が心身の健康を保ちながら働けるよう職場環境を整備する責任を負っています。 

 


従来はパワハラやセクハラといった社内問題に焦点が当てられていましたが、顧客や取引先からの不当な言動も職場環境を害する要因として認識されつつあります。これまで日本では、お客様は神様という指導の下、顧客からの多少の迷惑行為を受けていても対応する職員は我慢を強いられていましたが、従業員の安全・健康を守ることも企業の責任であるとの考えが広まってきた流れを示すものといえるでしょう。

 

この顧客によるカスタマーハラスメントは、特定の業界に限らず、さまざまな現場で生じています(法律事務所も例外ではありません)。 

 

小売・飲食業:理不尽な返品要求や、店員への暴言・土下座の強要。SNSでの晒し行為に発展    

       するケースも。

金融・保険業:長時間の窓口拘束や大声での罵倒。中には契約を盾に過剰な要求を繰り返すケ

       ースも。

自治体窓口:生活保護や税務対応の場面で、職員に対する威嚇や居座り行為。業務が停滞し、 

      他の利用者にも影響が出ることも。

医療・介護現場:診療内容や介護サービスに不満を抱いた利用者家族からの暴言や暴力。職員

      が退職を余儀なくされる事例も少なくない。

 

 

こうした行為はいずれも、従業員に過大な負担を強い、組織全体の職場環境を損ないます。厚生労働省が公表している 「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」においては、カスタマーハラスメントを想定した事前の準備、実際に起こった際の対応として、以下の取組の実施が推奨されています。   

 

カスタマーハラスメントを想定した事前の準備

① 事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発

② 従業員(被害者)のための相談対応体制の整備

③ 対応方法、手順の策定

④ 社内対応ルールの従業員等への教育・研修

 

 

カスタマーハラスメントが実際に起こった際の対応

⑤ 事実関係の正確な確認と事案への対応

⑥ 従業員への配慮の措置

⑦ 再発防止のための取組




セクシュアルハラスメント、 パワーハラスメント、 マタニティハラスメント/パタニティハラスメント、モラルハラスメント、アルコールハラスメントなど、ハラスメントと呼ばれるものが数多くある中、カスタマーハラスメントと呼ばれても、数あるハラスメントの一つと軽く考えてしまいがち(やってしまいがち)ですが、実際のところ、やっていることは本人が思っている以上に重大なものであることが多く、以下のような犯罪に該当する可能性が高いことに注意すべきです。


カスタマーハラスメントを想定した事前の準備の一つに、従業員への周知・啓発が挙げられていますが、それだけではなく、ついつい窓口等でやってしまいがちな行為が実は犯罪にあたる可能性が高いということも、顧客に対し周知・啓発する必要があると感じます。企業によっては、顧客から見える位置に、カスタマーハラスメントには厳しく対応する旨のポスターを掲示することもあるかと思いますが、以下に掲示されているような犯罪行為に該当する行為には、警察への通報等、厳しく対応する旨のポスター掲示も有用かと思われます。





カスタマーハラスメントが抵触する法律
(引用:厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル10頁」)

傷害罪】刑法204条:人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処
     する。

暴行罪】刑法208条:暴行を加えたものが人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の  
     懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

脅迫罪】刑法222条:生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を 
     脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万 円以下の罰金に処する。

恐喝罪】刑法249条1項:人を恐喝して財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。

     刑法249条2項:前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得    
     させた者も、同項と同様にする。

強要罪】刑法223条:生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して
     脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害
     した者は、3年以下の懲役に処する。

名誉毀損罪】刑法230条:公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無
     にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁固又は50万円以下の罰金に処する。

侮辱罪】刑法231条:事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は過料に処
     する。

信用毀損及び業務妨害】刑法233条:虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を
     毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役または50万円以下の罰金に
     処する。

威力業務妨害罪】刑法234条:威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。

不退去罪】刑法130条:正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造
     物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去
     しなかった者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。 

 



その他、軽犯罪法においても、日常生活の道徳規範に反する軽微なものが処罰の対象とされており、カスタマーハラスメントに類する行為が様々な法律・規制に抵触する可能性があります。


カスタマーハラスメントは、従業員一人一人の我慢に委ねるべきものではなく、企業全体、もっと言えば社会全体で取り組むべき職場環境配慮義務・犯罪抑止の問題です。裁判例においても、「外部者の言動」であっても職場環境悪化を放置した会社の責任が認められています。業界を問わず対策の実例が増えている以上、まだ対策をしていない企業は、早急に予防策と対応策を打ち出す必要があるでしょう。企業が毅然とした態度で従業員を守ることは、法的リスクの回避だけでなく、健全で持続可能な職場づくりに直結することにつながることから、今後、企業が存続していくためにも必須の対策といえます。

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