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会社から退職を考えてほしいと言われると、多くの方は、それだけでもう辞めなければならないと思ってしまうかもしれません。特に、うつ病で休職している最中であればなおさらでしょう。「会社に迷惑を掛けてしまっている」、「復帰しても以前のようには働けないかもしれない」、「これ以上迷惑を掛けるくらいなら辞めた方がいいのではないか」。そのような思いが頭の中を巡り、冷静に考える余裕がなくなってしまっている方も多いです。実際、私のところに相談に来られた方から、「会社から退職を勧められました。もう辞めたほうがいいですかね。」と聞かれることも多いですが、この質問に対し、私からは、辞めた方がいいですとも辞めたら駄目ですともお答えできません。最終的に辞めるかどうか、今すぐに決めるようなことではありませんし、いろいろな事情を検討して、最終的にどうするかを決めることができるのはご本人しかいません。
会社が退職勧奨をするというと、長年の貢献を考慮しない冷たい会社だ、病気になった社員を追い出そうとしているブラックな会社だと感じる方も中にはいらっしゃるかもしれません。たしかに、不適切な対応をする会社があることは事実ですが、多くの会社は、好き好んで退職勧奨をしているわけではありません。会社には、安全に働ける職場を維持する責任があります。復職した社員の体調が再び悪化しないよう配慮しなければいけませんし、他の社員の業務との調整もする必要があります。限られた人員で仕事を回している会社ほど、その負担は大きくなります。日本の法律では、会社は自由に社員を解雇することはできなくなっていて、労働契約法16条は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇は無効になると定めています。そのため、会社としても、解雇という手段ではなく、話し合いによる退職という形を模索することがあります。その際に重要なのは、会社の事情と、あなたが退職しなければならないことは別の問題だということです。
休職が始まってどれくらいなのか。会社の就業規則にはどのような休職制度が定められているのか。主治医は現在の症状についてどのように説明しているのか。会社はどのような言葉で退職を勧めてきたのか。これらを確認しないまま安易に退職という重大な決断をすることは避けるべきです。会社に迷惑を掛けているので辞めますとおっしゃる方もいらっしゃいますが、迷惑を掛けていることと退職しなければならないことは、同じではありません。病気になることは誰にでもありますし、そのために休職制度があるんですよというお話をさせていただくこともあります。
休職制度は、病気になった社員を辞めさせるための制度ではありません。治療に専念し、回復したら職場へ戻る機会を確保するための制度です。多くの企業では就業規則に定められている制度ですが、その本来の目的は退職ではなく復職にあります。厚生労働省が公表している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」でも、復職できるかどうかは主治医の診断だけで判断するのではなく、職場で求められる業務遂行能力や職場環境、産業医等の意見も踏まえながら総合的に判断すべきであるとされています。会社には、休職から復職までを見据えた支援体制を整えることも求められています。だからこそ、休職中に退職を勧められたとしても、もう会社は私を必要としていないと決めつけるのは早すぎます。
退職勧奨を受けたときに最も避けていただきたいのは、その場で結論を出してしまうことです。療養中は、どうしても自分を責めやすくなりますし、正常な判断が難しくなることもあります。そのような時期に、迷惑を掛けたくないという気持ちだけで退職届を書いてしまうと、後からもう少し考えればよかったと後悔するケースも少なくありません。一度退職してしまうと、元に戻すことは簡単ではありません。断ったらすぐ解雇されますかと聞かれることもありますが、この質問に対しても、私は、すぐに解雇できるわけではありませんとお答えしています。繰り返しになりますが、日本では、会社が自由に労働者を解雇できる制度にはなっていません。労働契約法16条は、解雇について、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は無効になると定めています。この条文は短いものですが、実務では非常に重い意味を持っています。会社が辞めてくださいと言ったからといって、それだけで辞めなければならない訳ではありません。
では、休職期間が終わった場合はどうでしょうか。ここで初めて、復職できるかという問題が出てきます。相談者の中には、主治医が復職できると言ってくれれば、それで復帰できると考えておられる方もいらっしゃいますが、実際はもう少し複雑です。厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」は、主治医の診断は重要であるものの、それだけで復職の可否が決まるわけではないとしています。会社は、職場で実際に求められる業務遂行能力や勤務環境、産業医等の意見も踏まえながら、復職が可能かどうかを総合的に判断することが求められています。逆に言えば、会社も主治医が復職可能と書いていないから復帰できませんと簡単に結論を出してよいわけではありません。
退職勧奨を受けた方の中には、会社に迷惑を掛けている、自分が辞めればみんなが楽になると、自分を責めてしまう方も方もいらっしゃいますが、会社に迷惑を掛けたかどうかと、法律上退職すべきかどうかは、別問題です。病気は誰にでも起こり得ます。そのために休職制度があり、社会保険制度があり、傷病手当金という仕組みがあるのです。法律は、病気になった人は辞めなさいという考え方ではなく、回復する機会を確保しましょうという考え方を基本にしています。だからといって、すべての方が復職すべきという結論になる訳ではなく、相談を重ねた結果、この会社ではなく、新しい環境で働き直したいという結論になる方も数多くいらっしゃいます。その結論は、会社に退職を勧められたからではなく、自分自身で納得して決めた前向きなものであってほしいと思います。健康上の問題を理由とする退職は、誰かに決めてもらうものではありません。会社でもなく弁護士でもなく、最終的に決めるのは、ご自身です。我々専門家に求められているのは、そのための判断に必要な材料を提供・整理することです。
もし、休職中に会社から退職を勧められて返事を急かされたとしても、すぐに結論を出すのではなく、少し考えさせてくださいと伝えてください。その上で、就業規則を確認し、主治医と今後の見通しを話し合い、必要であれば専門家にも相談してみましょう。その結果、退職という結論に至るのであれば、それは決して間違った選択ではありません。しかし、不安や焦りから安易に決めてしまった退職は、後から取り返しがつかなくなることがあります。一人で悩まれることなく、我々専門家を上手に使っていただければと思います。
令和8年7月14日
リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹