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2026/10/06
賃金・労働時間

ある従業員の職務遂行方法に不適切なところがあり、何度か注意したのですが一向に改善されません。この従業員と話し合い、給与の額を引き下げたいと考えていますが、法的に問題ありますか?



 労働契約法8条は、労働者と使用者の合意によって労働条件を変更できるとしていますから、例えば月給30万円を27万円に変更することについて双方が合意すること自体は可能です。ただし、裁判上、賃金や退職金のような重要な労働条件を不利益に変更する場合は、労働者の同意が自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかという観点から慎重に判断すべきとされていて、その際、不利益の内容や程度、同意に至った経緯、事前の情報提供や説明などが考慮されることになります。ですので、同意しなければ辞めてもらうなどと迫って署名させるのは言語道断で、会社がどのような職務遂行を求めていたのか、本人の仕事ぶりがそれとどの程度乖離していたのか、いつ、どのような注意・指導をしたのか、それでも改善されなかったことについて具体的に説明したうえで、給与変更を提案する必要があります。



 労働者との合意によって給与を引き下げる場合、就業規則との関係にも注意しなければいけません。労働契約法12条は、就業規則で定める基準を下回る労働条件を個別に合意しても、その部分は無効となるとしています。つまり、賃金規程で現在の等級の基本給を30万円以上と定めているのであれば、現在の等級のまま25万円にするという合意は無効と評価されるということです。そのリスクを避けるためには、直接的に給与の金額を下げるのではなく、職務や等級そのものを見直しを検討することが必要となります。例えば、管理職として期待される職務を十分に遂行できないのであれば、管理職から一般職へ降格させ、その職務・等級に対応する給与に変更することなどが考えられるでしょう。能力が低いから給与を5万円下げるというよりも、担当する職務と責任を変更し、それに対応して賃金等級も変更すると説明した方が、労働者も納得しやすいですし、人事対応としても合理的です。



 こうした降格・降級に本人が同意しなければ、給与を下げることは一切できないのかというと、必ずしもそうではありません。就業規則や賃金規程に、職務遂行能力や人事評価に応じて等級を変更し、下位等級に降級した場合にはその等級に対応して基本給も下がるという制度が明確に定められていて、このような制度が労働契約の内容となっているのであれば、会社がその制度に基づいて適正に人事評価を行い、降格・降級させた結果として給与を下げることは可能となります。この場合、個別の合意によって給与額そのものを変更するのとは異なり、あらかじめ労働契約の内容となっている人事・賃金制度を適用したに過ぎない(就業規則等の最低基準効に抵触しない)と評価できるからです。



 ただし、就業規則や賃金規程に等級変更できると書いてありさえすれば会社側の事情で自由に下げられるという訳ではなく、どのような場合に降格・降級となるのか、その結果どの程度給与が変動するのかが制度上明確になっていることが必要です。実際の評価に合理的な根拠がなく、上司の主観だけで大幅に降給したりすると、人事権の濫用などとして争われる可能性も高くなるでしょう。降給制度を利用する際は、求められている能力や職務水準を明確にし、本人の問題点を具体的に指摘し、改善の機会を与え、それでも改善されなかったという経過を記録しておくことが重要になります。



 給与の減額を検討にあたり実務上やりがちなのが、降給と減給の制裁を混同してしまうことです。ミスを繰り返した罰として今月の給与を減らすというのであれば、懲戒処分としての減給になり、この場合には就業規則上の懲戒事由が必要であり、労働基準法91条による減給額の制限も受けます。これに対し、能力評価に基づいて等級を一段階下げ、その等級に対応する基本給を将来に向かって適用することは、人事・賃金制度上の降格・降級の問題なので、両者は給与が下がるという結果は同じでも、法的な性質が全く異なります。



 一時的な減給の制裁(懲戒処分)ではなく、職務遂行に問題のある従業員の給与の引下げを検討するのであれば、まずは自社の就業規則や賃金規程を確認しましょう。既に合理的な降格・降級制度が整備されているのであれば、その制度を適正に適用できるかを検討し、そうした制度がない(書かれていない)のであれば、会社が一方的に等級を下げるのではなく、問題点やこれまでの指導経過、職務変更の必要性などを十分説明し、本人との合意による変更を検討するのが基本となります。現在の労働契約や賃金制度の中に、能力や職務の変更に応じて給与を変更できる仕組みが既に存在するか否かによって、会社がとるべき手続も、本人の同意が必要となる範囲も変わってくるということです。



令和8年10月6日

リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹

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