学生ではなく社会人が海外の大学等に留学する場合、勤務する会社を退職した上で留学するか、勤務する会社は退職せず休職した状態で留学するかの選択を迫られることがあります。ここでは、休職した状態での留学について少しお話させていただきます。
会社に所属している労働者の留学は、会社の指示により留学する場合と、労働者自らの意思により会社の許可を得た上で留学する場合に分けられます。
会社の指示による留学というのは、会社が保有する包括的な人事権に基づき、特定の労働者に対し一定期間の留学を命じるもので、一般的には、業務に必要となる特定の資格、技術、知識の習得を目的としています。会社の命令に基づくものなので、学費、実費は当然会社負担になりますし、給与についても、原則、支払義務は免れないものと考えます。この場合、会社命令による研修受講と同様、業務命令として、特定の大学での受講等を義務付けるものなので、留学して資格取得、知識取得すること自体が業務の一環(休業ではない)と考えられるからです。
もちろん、従業員の同意なく長期間、海外での就学を命じるという、かかる業務命令が許されるかという問題はあり、仮に、入社する際に、場所、期間、内容をある程度限定した上で、海外留学を命じることがあると説明し、留学中に習得する内容と業務との関連性が認められるとしても、従業員が被る不利益の程度が大きい場合は、会社が一方的に長期間の海外留学を命じることは許されないと判断される可能性は否定できません。
実際問題、労働者の同意なく、会社が一方的に留学を命じることなどほとんど行われていないと思いますし、会社と労働者がしっかり話し合った上で、労働者が希望する場合に限り、留学させることが原則です。
では、会社の業務命令の一環として留学を指示されたのではなく、従業員の希望に応じて会社が留学を認める場合については、どのような法的問題が想定されるでしょうか。
この場合、あくまでも従業員側の事情での休業になるので、会社が、給与の全額(民法536条2項)や休業手当(労働基準法26条)の支払い義務を負うことは原則ありません。ただし、一定規模以上の会社に限り、いわゆる社費留学制度といって、留学中も給与が支払われることがあり、例外的に、休業扱いにはならないこともあります(当然、選考基準は厳しいです)。
一方、留学中は給与を発生させない休業状態とした上で、完全な私費留学ではなく、学費、家賃、渡航費等の実費分を会社が負担するという制度を採用している会社もあります。
給与等の支払がないとなると、留学を希望する労働者は、いわば無給の状態で、学費、現地での生活費、渡航費等を負担せざるを得なくなり、よほど貯えのある労働者でなければ、会社を休学し留学するという選択をすることができません。そこで、留学することで取得する資格、知識が会社の業務との関連性が認められる場合に限りますが、留学を終えた後の会社への貢献を期待し、会社が留学に係る費用を一部援助しているのです。
この場合、留学を終えてすぐに退職されることを避けるため、一定期間勤続すれば費用返還を免除する一方、それより前に退職したときには費用を返還させる旨の契約や就業規則の定め設けられることがあり、これが、いわゆる「賠償予定の禁止」を定めている労働基準法16条に違反しないか問題となるケースがあります。
労働基準法16条(賠償予定の禁止)
「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」
この点、労働基準法16条に違反しているか否かは、契約条項の内容だけでなく、留学の実態等を考慮し、当該留学が業務性を有しその費用を会社が負担すべきものか、当該合意が労働者の自由意思を不当に拘束し労働関係の継続を強制するものかどうかにより判断される傾向にあります。
本来、労働者自身が費用を負担すべき自主的な修学について使用者が修学費用を貸与し、ただ修学後一定期間勤務すればその返還債務を免除するという実質のものであれば、賠償予定禁止の違反ではないとされる一方、使用者が自企業における教育訓練や能力開発の一環として業務命令で修学や研修をさせ、実質上、修学後の労働者を自企業に確保するために一定期間の勤務を約束させるというものであれば、違反と評価される可能性が高まります。
要は、制度の実態からして、労働者の意思に反して労働契約関係の継続を強要するものと評価できるか否かが、判断の分水嶺になっているように思います。
この労働者の意思に反して労働契約関係の継続を強要するものであるかは、①返還免除までの勤続期間の長短、②返還免除の範囲・基準の明確さ、③修学内容と業務との関連性、修学科目選択の自由度、得られる能力の汎用性、④労働者本人のキャリア形成に有益か否か、⑤業務命令か労働者の自由意思によるものか、などの要素で判断される傾向にあるとされています。
つまり、労働者の自主的な留学であること、返還免除までの勤続期間が短いこと、返還免除の範囲・基準が明確であること、修学内容と業務との関連性が間接的であること、留学したことが労働者本人のキャリア形成に有益と評価されることという要件を満たしていれば、留学費用の返還合意が労働基準法16条に反し違法と評価される可能性は低くなるということです。
会社の業務内容に限らず、従業員の一般的なキャリア形成をサポートするという趣旨での留学費用の援助(貸与)であれば、後で返せと言いやすくなり(よほど資金的に余裕のある会社でないと無理ですし、キャリア形成されて天職のリスクが高まるだけの援助になりかねない)、逆に、業務に直接関係するような内容(汎用性が劣る)の修学を会社が要求する傾向が強くなるほど、後で返せと言いづらくなるということになり、会社からすると、会社のために従業員を留学させるということが非常にやりづらい状況になっているとは感じます。