「定年」とは、労働者が一定の年齢に達した時に労働契約が終了する制度のことをいいます。
これまで見てきたように、労働契約が終了することについては、労働者保護の目的から数々の厳しい規制があるにもかかわらず、一定の年齢に達したことだけを理由に、簡単に労働契約が終了することを認めてもよいのかという素朴な疑問を持たれるかもしれません。
「定年」について直接規定されているのは、昭和46年に施行された「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」だけで、「事業主がその雇用する労働者の定年(以下単に「定年」という。)の定めをする場合には、当該定年は、六十歳を下回ることができない。」と規定されています(第8条)。
実際、定年制については、労働者の労働能力や適格性が存在しているにもかかわらず、一定年齢到達だけを理由にして労働関係を終了させるもので合理性がなく、また雇用保障の理念に反し、効力がないとする見解も存在してきました。
しかし、 実際のところ、「定年は、労働者にとって、定年到達時における雇用の喪失という不利益のみならず、定年までの雇用保障や勤続年数に沿った処遇等の大きな利益も伴ってきた。したがって、長期雇用システムにおける雇用保障機能と年功的処遇機能が基本的に維持されているかぎり、定年制度はそれなりの合理性を有するのであって、公序良俗違反にはあたらない。高年齢雇用安定法も、このような定年の雇用保障機能を利用し、企業に対し定年を軸とした65歳までの雇用継続措置を要請している。定年制は、なお労働者にとってメリットを伴う制度として法的に有効といえる。」と評価されています(参照:菅野和夫・山川隆一「労働法」)。
諸外国の状況を見ると、ドイツ、フランス、中国、韓国は定年制を認めているのに対し、アメリカ、イギリスでは原則(例外もあり)認められていません(年齢に関する法制度等|データブック国際労働比較2024)。
アメリカ、イギリスにおいて定年制が原則認められていない理由は、定年制が雇用における年齢差別にあたり禁止されているからです。米国においては、期間の定めのない雇用契約について、労働者及び使用者がこれを自由に終了させることができる「随意的雇用原則」が一般的に認められていて、定年制がなくても、業績悪化などの理由に基づいて高年齢者を含む労働者の雇用調整を行うことは企業にとって必ずしも困難となっていないという事情も背景にあるでしょう。
ちなみに、OECD(経済協力開発機構)では、定期的にOECD各国の解雇規制について比較調査を行い、解雇規制の厳しさに関する分析及びランキングを公表しています。2019年に行われた調査では、日本は、OECDの37か国中総合的に解雇規制の厳しくない順で13位でした。最も厳しくない国は、米国、スイス、カナダ等で、最も厳しい国は、チェコ、イスラエル、ポルトガル等となっています。日本は、裁判になった際の有効な解雇基準は厳しいものの、解雇手続きが簡単で解雇予告期間も短く、法的な解雇の金銭解決制度もないため多くの大陸ヨーロッパの国々よりも解雇規制が厳しくないと評価されたと思われます(日本貿易振興機構「解雇規制の国際比較」参照)。
時々、「日本は解雇規制が厳しいから、雇用の流動性が低くて問題だ。もっと法律の規制緩和をしなければ日本企業は海外の企業と太刀打ちできない」等といった意見を耳にすることがあります。確かに、アメリカ、カナダ等と比較して流動性が低いということは事実かもしれませんが、それ以外(主にヨーロッパの大陸系)の国々と比較する限り、そこまで解雇規制が厳しいと評価することはできないかもしれません。