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労働基準法は、原則として1日8時間、週40時間という労働時間の上限を定めていますが、すべての従業員が労働時間を短くしたいと考えているわけではありません。残業を少しでも多くすることで一円でも多く稼ぎたいという方、稀かもしれませんが、仕事が好きでたまらなく、仕事をしている時間だけに幸福感を感じるような方も中にはいらっしゃいます。会社としても、本人が希望し、健康を害することなく十分な能力を発揮できるのであれば、その意欲を尊重したいと考えても不思議ではありません。こうした働き方に関連してそうに思える(実際のところは措いておいて)制度として、専門業務型裁量労働制と高度プロフェッショナル制度がありますが、両制度は、長時間働きたい従業員の希望に応える仕組みとして、果たして使いやすいのでしょうか。
専門業務型裁量労働制は、労働基準法38条の3に規定されています。研究開発、情報処理システムの分析・設計、デザイン、弁護士や公認会計士の業務など、法令で定められた20業務(令和8年10月時点)を対象とする制度です(労働基準法38条の3)。これらの業務は、その性質上、仕事の進め方や時間配分を大幅に従業員の裁量に委ねる必要があると考えられていて、実際に働いた時間にかかわらず、労使協定で定めた時間を労働したものとみなされます。例えば、みなし労働時間を1日8時間とすれば、実際には10時間働いても、原則として8時間働いたものとして扱われます。ただし、労働時間規制そのものが適用除外になるわけではなく、法定休日労働や深夜労働には割増賃金の支払義務は残りますし、みなし労働時間を法定労働時間より長く設定する場合には、36協定や時間外労働の上限規制との関係も問題になります。
それに対し、高度プロフェッショナル制度は、金融商品の開発、証券アナリスト、コンサルタント、研究開発など、法令で定められた高度な専門業務に従事する労働者を対象とする制度になります(労働基準法41条の2)。適用には、年間賃金が1,075万円以上であることなどが必要で、要件を満たせば、労働時間、休憩、休日及び深夜の割増賃金に関する規定が適用されなくなります。通常の労働時間規制にとらわれず、自らの判断で仕事に取り組みたい従業員にとっては、高度プロフェッショナル制度の方が適しているようにも思われます。
しかし、実際のところ、両制度とも適用要件が非常に厳格で、専門業務型裁量労働制では、対象業務が20業務に限定されているだけでなく、仕事の進め方や時間配分について、会社が具体的な指示をしないことが求められますし、労使協定の締結と届出に加え、2024年4月からは対象労働者本人の同意も必要になっています。高度プロフェッショナル制度では、対象業務がさらに限定され、前述の年収要件の他、労使委員会の決議や本人の書面による同意に加え、年間104日以上の休日確保や健康管理時間の把握なども必要となります。
専門的な知識と十分な裁量を持つ従業員が、成果を上げるために自分のペースで働きたいと希望しても、法令で定められた対象業務に該当しなければ、両制度を利用できません。高度プロフェッショナル制度については、本人がどれほど強く希望していても、年収が1,075万円に達していなければ適用できません。この点、働き方を自分で決めたいという従業員の希望を、現在の制度が十分に受け止めているかについては疑問が残ります。
会社側にとって大きな問題となるのが、制度の適用を事後的に否定されるリスクです。例えば、専門業務型裁量労働制を導入していても、実際には対象業務に該当しない仕事を担当していたり、上司が業務遂行の方法や時間配分について具体的な指示をしていたりすれば、制度の適用が否定される可能性があります。その場合、会社は通常の労働時間規制を前提として、過去の未払割増賃金を請求されるおそれがあります。高度プロフェッショナル制度についても、対象業務や年収、手続などの要件を満たさなければ、同様の問題が生じ得ます。会社が適法に導入したと考え、従業員本人もその働き方を希望していたとしても、後に適用が否定される可能性があるということです。
このような制度では、会社が導入に慎重になるのも無理はありません。従業員の希望を尊重しようとしても、将来、多額の未払残業代を請求される危険があるのであれば、通常の労働時間管理を選択する方が安全だからです。労働時間規制には、本人の意思だけでは防ぎきれない健康障害を予防する役割等もあることから、希望者であれば誰でも無制限に働けるような制度にすべきとは思いませんが、健康確保のための規制と、仕事のやり方に関する本人の選択を尊重することは、必ずしも対立するものではないはずです。本人の自由な意思を前提に、健康状態を継続的に把握する仕組みを設けた上で、より使い勝手の良い制度に変革していくべきではないでしょうか。専門業務型裁量労働制と高度プロフェッショナル制度は、専門的な仕事に従事する人の裁量を尊重する制度ですが、現状、労使双方の希望に柔軟に応える制度としては、必ずしも使い勝手がよいとはいえません。従業員の自己決定権をできる限り尊重し、働く時間を短くすることだけでなく、働き方をより自由に選択できることにももっと目を向ける必要があるのではないかと感じます。
令和8年10月19日
弁護士 石上秀樹