.jpg)
訪問介護員(ホームヘルパー)は、事業所ではなく利用者宅で仕事をする時間が長く、直行直帰も珍しくありません。そのため、実際の労働時間を一件ずつ把握するのではなく、みなし労働時間制を導入できないかと考える事業者もあると思います。条件次第では、労働基準法38条の2が定める事業場外労働に関するみなし労働時間制を適用できる可能性はありますが、単に事業所の外で働いているというだけでは足りません。重要なのは、事業場外での労働時間を算定し難い勤務実態にあるかどうかで、現在の訪問介護では、訪問予定やサービス提供時間があらかじめ決まっていることも多いので、導入には慎重な検討が必要です。
労働基準法38条の2の1項は、労働者が労働時間の全部または一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、原則として所定労働時間働いたものとみなすことを認めています。この制度は、会社が実際の労働時間を把握することは可能ではあるものの、管理が面倒なので一定時間働いたものとみなすというような制度ではありません。事業場外で働くという業務の性質上、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、実労働時間を把握することが客観的に困難な場合に認められる例外的な仕組みになります。この点、厚生労働省も、事業場外勤務であっても、携帯電話等によって随時指示を受けながら勤務する場合や、あらかじめ訪問先や帰社時刻などについて具体的な指示を受けている場合には、労働時間を算定できるため、この制度を適用できないと説明しています。
ご質問にあるような訪問介護員の場合、利用者宅で単独で介護サービスを提供するという点だけをみれば、典型的な事業場外勤務のように思えますが、実際には、午前9時からAさん宅、午前11時からBさん宅と、会社が事前に訪問予定を指定し、それぞれのサービス提供時間も決められていることが一般的です。裁判所も、阪急トラベルサポート事件において、海外ツアーの添乗員について、業務内容や旅行日程が具体的に決められ、添乗員から詳細な報告を受ける仕組みなどがあったことを踏まえ、労働時間を算定し難いときには当たらない(みなし労働時間制を適用を否定)と判断しています。訪問介護員の場合も、スマートフォンや介護記録システムによって、サービスの開始・終了時刻を記録し、事業所がその情報を確認できる場合や、管理者やサービス提供責任者が、電話やチャットで随時指示を出している場合もあるでしょう。このような勤務実態の場合、労働時間を算定することが客観的に困難とはいえず、労働基準法38条の2の要件を満たす可能性は低くなります。
訪問介護事業者にとってもう一つ重要なのが、利用者宅で実際に介護をしている時間だけが労働時間ではないという点です。厚生労働省の「訪問介護労働者の法定労働条件の確保について」によると、訪問介護員について、介護サービスそのものの提供時間だけでなく、一定の移動時間、業務報告書等の作成時間、待機時間、研修時間などについても、使用者の指揮命令下に置かれている場合には労働時間として適切に把握する必要があるとしています。
例えば、Aさん宅でのサービスを終え、会社の指示に従って次のBさん宅へ移動する時間は、業務に必要な移動であり、労働者が自由に利用できないのであれば労働時間となります。業務上義務付けられた介護記録の作成時間についても同様で、これらを除外して、介護サービス提供時間だけを1日8時間とみなすといった運用は、未払賃金の問題につながるおそれがあります。
実際に、労働時間を算定し難い勤務実態があり、事業場外みなし労働時間制の要件を満たす場合には、原則として所定労働時間働いたものとみなされますが、業務遂行のため通常は所定労働時間を超えることが必要な場合には、その業務の遂行に通常必要とされる時間がみなし時間となります。この時間については、労働者の過半数代表者等との書面による労使協定を締結することができ、一定の場合には、その協定を所轄労働基準監督署長へ届け出る必要もあります(労働基準法38条の2の2項、3項、労働基準法施行規則24条の2)。
訪問介護員について事業場外みなし労働時間制を導入する際のポイントは、利用者宅で単独勤務しているかどうかではなく、会社が訪問先、訪問時間、業務内容、移動方法などをどこまで具体的に指定しているか、スマートフォンや介護記録システムで開始・終了時刻を把握できるか、勤務中にどの程度の連絡・報告を求めているかなど、実際の指揮監督と時間管理の状況次第ということになります。特に、訪問予定がシフト表で詳細に指定され、各サービスの開始・終了時刻をシステムに入力し、利用者間の移動時間も把握できる仕組みであれば、労働時間を算定し難いと認められる余地は小さくなるでしょう。その場合は、みなし労働時間制の導入を検討するよりも、実労働時間を適正に把握する制度を整える方が重要となります。
令和8年9月21日
リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹