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自分の未払残業代を確認・請求するためだったという目的だけで、会社データの無断持出しが当然に正当化されるわけではありません。逆に、目的がどうあれ、会社のデータを持ち出す行為のすべてが犯罪や懲戒処分の対象になるわけでもありません。何を、どの方法で、どこまで取得したのか、第三者の情報や営業秘密が含まれていたかなどによって結論が大きく変わります。未払残業代を請求するには、実際の労働時間を裏付ける資料が必要なので、従業員が証拠がなくなる前に確保したいと考えること自体には合理性は認められますが、証拠収集の必要性と、会社の情報管理上の利益とは衝突することが多いので、どこまでなら許されるのかについては慎重に判断することが必要です。
まず、刑事責任に関しては、持ち出した対象と方法次第では対象になりえます。例えば、会社所有のタイムカードや書類、USBメモリなどの物そのものを無断で持ち去った場合には、窃盗罪になりえます。それに対し、会社のパソコン上の電子データをコピーしただけの場合は、データそのものは窃盗罪の財物にはあたらないので、原則、窃盗罪として扱うことはできません。ただし、データだったら何をコピーしても犯罪にならないということではなく、他人のID・パスワードを利用するなどして本来アクセスできない領域に侵入すれば、不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反の問題が生じます。また、コピーしたデータの中に顧客名簿、技術情報、価格情報など、いわゆる営業秘密に該当するものが含まれる場合には、不正競争防止法違反の問題になることもあります。
刑事犯罪が成立しなくても、会社の就業規則等で、懲戒事由の一つとして、機密情報を無断で社外に持ち出した場合などと定められていると、データの持ち出しは、形式的にはその懲戒事由に該当する可能性があります。ただし、会社が懲戒事由に該当すると言えば何でも処分できるわけではなく、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないような懲戒は無効とされますし(労働契約法15条)、解雇を伴う場合は、同法16条の解雇権濫用法理も問題となります。
残業代請求の証拠確保という目的は、懲戒処分の相当性を判断する際の重要な事情になりえますが、有効性を判断するには、目的だけでなく、取得した情報の範囲と取得方法についてもみる必要があります。例えば、自分自身の勤怠記録やPCのログイン・ログアウト時刻など、残業時間を確認するために直接必要な情報だけをコピーし、残業代請求や弁護士への相談以外には使用せず、第三者にも公開していないケースであれば、処分が相当であると認められない(懲戒処分が無効とされる)可能性は高まるでしょう。逆に、残業時間を確認するだけなのに、顧客名簿、他の従業員の給与・人事情報、営業上の機密資料まで大量にUSBへコピーしたり、本来アクセス権限のないフォルダに入り込んだりした場合には、処分の相当性が認められる(懲戒処分が有効とされる)可能性が高くなります。
会社としては、データを無断で持ち出したという一点だけで直ちに懲戒解雇とするのも、反対に、残業代請求目的だから問題なしと扱うのも適切ではありません。データの無断持ち出しに対する処分を検討する際は、①持ち出した資料は何か、②本人の残業時間を立証するため本当に必要だったか、③取得範囲は必要最小限だったか、④通常のアクセス権限の範囲内だったか、⑤営業秘密や顧客情報、他の従業員の個人情報が含まれていたか、⑥社外への公開・漏えいがあったか、⑦就業規則上どのような情報管理規程があるか等の事情を、具体的に確認することが重要となります。特に、未払残業代をめぐる紛争が既に顕在化している場合は、証拠収集行為に対する懲戒が残業代を請求したことへの報復と評価されないよう、会社側には慎重な事実調査と処分の相当性の検討が求められます。
令和8年9月17日
リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹