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マンションの管理組合には、通常、区分所有者の中から選ばれた理事によって構成される理事会があります。しかし、理事になった人がマンション管理の専門家であることはむしろ稀で、建築設備、修繕工事、会計、保険、管理規約、区分所有法などについて十分な知識を持っていない人が理事になることがほとんどです。それでも多くのマンションで理事会が運営されているのは、管理会社という存在があるからです。管理会社が資料を準備し、課題を整理し、必要な情報を提供し、総会や理事会の運営を補助する。もちろん最終的に意思決定するのは管理組合ですが、専門知識を持たない理事でも判断できるよう、その前提となる環境を専門家が整えています。
一方で、一定の規模を超える日本の会社には、安全委員会、衛生委員会、安全衛生委員会、労働時間等設定改善委員会など、労使が参加して重要な事項を話し合う委員会が存在します。法律は、このような名称の委員会を設置して、この事項を調査審議しなさいと定める一方、その委員会を実際に機能させるための専門的な事務局については、必ずしも十分な仕組みを用意してくれていません。その結果、せっかく設置された委員会が、単に会議を開催するための会議になってしまっていることが多いのではないでしょうか。
労働安全衛生法17条は、一定の業種・規模の事業場について、安全委員会の設置を求めています。同法18条は一定規模以上の事業場に衛生委員会を設けることを求め、19条は両者を統合した安全衛生委員会を設置できるとしています。これらは単なる情報伝達の場ではなく、衛生委員会では、労働者の健康障害を防止するための基本的な対策、健康保持増進を図るための基本的な対策、労働災害の原因や再発防止対策などについて調査審議し、事業者に意見を述べることが予定されています。単に会社から説明を受けて終わる会議ではなく、職場にどのような問題があるのかを調べ、原因を分析し、改善策を検討するところまで期待されています。
同じことは、労働時間等設定改善委員会にもいえます。労働時間等の設定の改善に関する特別措置法6条は、事業主に対して、労働時間等の設定の改善を効果的に実施するために必要な体制を整備するよう努めることを求めていて、さらに同法7条の要件を満たす労働時間等設定改善委員会では、一定の事項について委員の5分の4以上の多数による決議を行うことによって、労働基準法上の労使協定等に代わる法的効果を持たせることもできるとしています。ただ、マンションの理事会同様、各委員会を構成する人たちが、そのテーマについて十分な専門知識を持っているとは限りません。衛生委員会であれば、長時間労働、メンタルヘルス、健康診断、職場環境、化学物質、労働災害など、多岐にわたる問題を扱います。労働時間等設定改善委員会であれば、時間外労働、年次有給休暇、勤務間インターバル、フレックスタイム制、変形労働時間制、育児・介護との両立などが検討対象になります。これらについて適切な議論をするためには、法令だけでなく、会社の勤怠データや健康管理情報、業務の実態などについても理解する必要があります。
労働者側の委員が労働法や労働安全衛生の専門家であるとは限りませんし、使用者側の委員についても同様です。法律上求められたから委員に就任した人に、それでは今月の職場の安全衛生上の課題を分析して、議題を提案してくださいと求めても、それは酷な話でしょう。マンションでいえば、初めて理事になった住民に、いきなり大規模修繕工事の問題点を分析して、次回理事会の議案を作ってくださいと頼むようなものです。今月は何を議題にするのか。どのような資料を用意するのか。残業時間を見るのであれば、全社平均だけを見るのか、それとも部署別、職種別、個人別の偏りまで分析するのか。年次有給休暇についても平均取得率だけでなく、ほとんど取得できていない人が特定部署に集中していないかを見る必要はないのか。さらに、前回の委員会で決めた改善策は実施されたのか。実施した結果、数字は変わったのか。変わっていないのであれば、次に何をするのか。こうした作業があって初めて、効果的な議論ができます。逆に、この準備をする人がいなければ、毎月同じような資料が配られ、担当部署が数字を読み上げ、委員から特段の意見が出ないまま終了するということにもなりかねません。
この点、厚生労働省は、各都道府県労働局に、働き方・休み方改善コンサルタントを配置しています。これは、労働時間制度や年次有給休暇などについて事業主からの相談に応じ、企業における労働時間等の設定改善を支援する制度で、このコンサルタントには、働き方・休み方の改善だけでなく、企業経営についても専門的な知識や経験を有することも求められています。制度を作り、労使で話し合ってくださいと求めるだけでは改善は進まず、企業の実情を理解する専門家が支援することで、初めて制度が動き出すことがあるという考え方が、行政の施策にも反映されているとも言えます。このような専門家支援は、困ったときに相談したり、訪問による助言を受けたりするものが中心ですが、委員会を実効的に機能させるために必要なのは、単発の法律相談というより、マンションの管理会社のような、継続的にサポートをしてくれる存在はないでしょうか。
例えば、外部専門家が毎月の勤怠データなどを分析し、委員会で検討すべき課題を整理する。法改正があれば新しい論点を提示する。従業員の意見を把握する必要があればアンケートの設計を支援する。委員会で決まった改善策について、次回までに実施状況を確認する。こうした仕事は、会社側の結論を委員会に押し付けることとは違います。専門家が結論を決めるのではなく、労使双方が十分な情報に基づいて判断できるようにするための外部からのサポートです。マンション管理会社がマンションの所有者に代わって最終決定をするわけではないのと同じです。もちろん、外部専門家を導入すればすべて解決するわけではなく、外部専門家が事実上、会社側の代理人となってしまうというリスクもあるでしょう。労使委員会の本質は、あくまで労使自身による対話なので、専門家が結論を用意し、委員会が追認するだけになってしまうと本末転倒です。外部専門家に期待される役割は、情報を整理すること、論点を提示すること、法令上必要な手続を説明すること、議論の経過を記録すること、そして決めたことが実行されたかを次の会議につなげることで、労使が議論・判断しやすい環境を作ることです。
会議体を設置しただけで、実質的な議論が生まれるわけではありません。議題を設定し、必要なデータを集め、問題を分析し、選択肢を示し、決めたことを実行し、その結果を次の議論につなげる。この循環を支える人が必要ではないでしょうか。マンション管理組合では、専門家ではない住民が理事になることを前提として、管理会社が理事会運営を支えています。企業の労使委員会についても、同じ発想があってよいのではないでしょうか。大きな規模の会社であれば、社内に労働法、安全衛生の専門家が育つことも期待できるのかもしれませんが、小規模の会社にそのような人材を望むことは非現実的です。必要なのは、素人だから委員会が機能しないと考えるのではなく、専門家ではない人たちが実質的な議論をできるよう、外部の専門家が継続的に支えるという発想への転換です。安全衛生や働き方をめぐる委員会制度を本当に実効的なものにするためには、法律が求める委員会を設置しているかだけではなく、委員会を動かす専門的な事務局機能が社内・社外にあるかという視点が、もっと重視されてもよいのではないかと考えます。
令和8年8月10日
リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹