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通勤途中、突然発生した列車の人身事故を目撃し、その後、不眠や動悸、フラッシュバック、電車に乗れないといった症状に苦しむようになり、仕事にも支障をきたした。このように、通勤途中に列車の人身事故を目撃したことが原因で急性ストレス障害(ASD)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症した場合でも、一定の条件を満たせば労災認定を受けられる可能性はあります。
労災というと、「会社で怪我をした場合」をイメージする方が多いかもしれませんが、労働者災害補償保険法は、仕事中の事故だけでなく、いわゆる通勤災害も補償対象としています。通常の通勤ルート上で起きた事故や疾病であれば、仕事そのものをしていなくても労災保険による保護を受けられる可能性があり、例えば、駅の階段で転倒した場合や、通勤途中の交通事故で負傷した場合などは典型的な通勤災害といえます。「疾病」には、骨折や外傷だけではなく精神疾患も含まれるため、列車の人身事故を目撃し、その心理的衝撃によって急性ストレス障害等を発症した場合でも、通勤災害として労災の対象とはなり得ます。
ご質問にある「急性ストレス障害」とは、生命の危険を感じるような強烈な出来事を経験または目撃した後に発症する精神疾患のことをいいます。精神医学上は、PTSDの前段階として位置付けられることもあり、典型的な症状としては、事故の場面が何度も頭に浮かぶフラッシュバック、強い恐怖感、不眠、集中力低下、電車や駅に近づけなくなる回避症状などがあります。特に列車の人身事故は、強烈な衝撃音や周囲の悲鳴、救助活動の様子などを伴うことが多く、目撃者に深刻な精神的ダメージを与えることがあり、実際、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」においても、悲惨な事故や災害の体験・目撃は、精神障害の原因となり得る心理的負荷として扱われています。
実際の労災認定の手続においては、「事故を目撃したこと」と「精神障害の発症」との関係が厳しく審査されます。精神疾患は、身体の怪我と異なり、外見からは分かりにくい特徴があり、職場の人間関係、長時間労働、家庭問題、経済的不安など、複数の要因が重なって発症することも少なくありません。そのため、労働基準監督署は、人身事故の目撃が主要な原因といえるのか慎重に検討します。事故直後から不眠や動悸が始まり、精神科を受診して急性ストレス障害と診断されているような場合であれば、事故との関連性が認められやすくなるでしょうし、事故からかなり時間が経過してから受診した場合や、以前から別の精神疾患が存在していた場合には、関連性が認められない可能性もあります。そのため、事故に遭遇しなんらかの障害が発生している場合は、早期に精神科や心療内科を受診し、診断記録を残すことが重要です。場合によっては、事故当日の乗車記録、交通系ICカードの履歴、駅員への申告記録、ニュース報道なども、事故の存在やその場に居合わせたことを裏付ける資料になります。家族や同僚に対して事故直後から不眠や恐怖感を訴えていた事情も、発症経過を示す証拠になるでしょう。
精神疾患ましてや通勤途中に事故に遭遇したに過ぎないという事情から、会社側は、「通勤中だから無理だ」、「怪我をしていないので対象外だ」と、労災請求に消極的な対応を取るかもしれません。しかし、労災認定を最終的に判断するのは会社ではなく、労働基準監督署です。精神障害は外見上分かりにくく、周囲から理解されにくい傾向がありますが、急性ストレス障害やPTSDは医学的にも確立した疾患であり、放置すると長期的な就労困難につながることもあります。そのため、症状が続いている場合には、一人で抱え込むことなく、一度、労働基準監督署や弁護士・社会保険労務士に相談してみてください。
リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹