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建設現場の入口付近を見ると、「労災保険関係成立票」と書かれた掲示を見かけることがあります。 この掲示は単なる形式的なものではなく、建設業における労災保険加入の証明であり、労働者保護や行政監督とも密接に関係する重要な表示です。特に建設業は労働災害が多い業種であるため、法律上、厳格な管理が求められています。
労災保険関係成立票というのは、その工事現場について労災保険関係が成立していること、つまり「労災保険に加入済みであること」を示す掲示です。建設業では、高所作業、重機使用、足場作業など危険を伴う業務が多く、厚生労働省の統計でも死亡災害件数が多い業種の一つとされています。そのため、建設現場では労災保険に加入していることが極めて重要です。法律の根拠は、「労働保険の保険料の徴収等に関する法律施行規則74条」で、建設の事業については、事業場の見やすい場所に労働保険関係成立票を掲示しなければならないと定められています。この労働保険関係成立票には、通常、①事業の名称、②事業主名、③保険関係成立年月日、④事業期間、⑤労働保険番号などが記載され、入口付近や仮囲いなど、外部から確認できる位置に掲示されることが一般的です。
このような掲示が必要とされる理由としては、その現場で働く労働者が労災保険で保護されていることを明確にするためです。建設業などで数次の請負によって事業(工事)が行われている場合、元請負人が一括して労災保険に加入します。これは、労働基準法第87条で、建設事業の「事業が数次の請負によって行われる場合においては、災害補償については、その元請負人を使用者とみなす」とされているためです。建設現場では、元請会社の下に一次下請、二次下請、三次下請と複数企業が関与し、多数の作業員が出入りするため、労働者本人ですら、自分がどの保険関係でカバーされているのかが分からなくなることがあります。こうした状況下で事故が起き、労災手続が混乱すると、被災労働者の補償に支障が生じるため、この現場で適用される労災保険関係の内容を外形的に明示する必要があるのです。
また、この掲示には「労災隠し防止」という側面もあります。労災隠しとは、本来報告すべき労働災害について、会社が労基署への報告を怠ったり、私傷病として処理したりする行為を指します。労働安全衛生規則第97条では、一定の労働災害について「労働者死傷病報告」の提出義務が定められており、違反には罰則がありますが、建設業では、元請・下請関係や工期との関係から事故件数を増やしたくないという意識が働きやすく、労災隠しが問題になることがあります。その点、労災保険関係成立票が掲示されていれば、「この現場には労災保険が適用されている」という認識が現場全体で共有されやすくなり、結果として、事故発生時の適正な労災申請につながりやすくなるのです。
ただし、掲示されているからといって、すべての作業員が労災対象になるわけではなく、一人親方(労働者を使用せず個人で事業を行う建設作業員)については、法律上の「労働者」ではないため、通常の労災保険は適用されません。そのため、多くの一人親方は特別加入制度(中小事業主や一人親方などについて、一定条件のもと任意加入を認める制度)を利用しています。現場で事故が起きた際、労災保険関係成立票があるから安心と思っていても、一人親方が特別加入していなければ補償対象外になるので、その点、誤解のないように注意が必要です。 近年では、外国人技能実習生や特定技能外国人の増加に伴い、言語の壁や雇用関係の複雑化によって、事故後の対応が混乱するケースもあり、建設現場の労災管理はさらに重要性を増しています。
このように、工事現場に掲示されている労災保険関係成立票は、単なる形式的掲示ではなく、「この工事現場では労災保険関係が正式に成立している」、「現場で働く労働者を保険制度で保護する」、「行政監督や労災隠し防止に資する」という複数の重要な役割を持っています。建設業は、他業種に比べて重大事故の危険が高く、多重下請構造によって責任関係も複雑であるため、誰がどの保険関係に属するのかを明確にすることは、労働者保護の観点から極めて重要です。工事現場で何気なく見かける掲示にも、こうした法律上・実務上の意味があることを理解しておくと、建設業の安全管理や労働法制への理解も深まるのではないでしょうか。
リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹