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2026/05/08
その他の労働条件

労働者災害補償保険法における「傷病補償年金」と「障害補償年金」の違い





 労働災害によって重いけがや病気を負った場合、被災した労働者の生活を支えるために、労働者災害補償保険法にはさまざまな保険給付が設けられています。その中でも実務上よく混同されるのが、「傷病補償年金」と「障害補償年金」です。名称が似ているため、どちらも「後遺症に対する年金」と理解されることがあります。しかし、法律上はまったく異なる制度であり、支給される場面や趣旨にも大きな違いがあります。もっとも重要なポイントは、「症状固定」の前か後かという点です。傷病補償年金は、まだ治療が継続している段階で支給される制度であるのに対し、障害補償年金は、治療が終了した後に後遺障害が残った場合に支給される制度です。








 傷病補償年金は、業務災害による負傷や疾病について、療養開始後1年6か月を経過しても治癒しておらず、かつ障害の程度が重い場合に支給される年金です。根拠となるのは、労災保険法第12条の8第3項などの規定です。ここでいう「治癒」とは、一般的な意味での完治を指すわけではありません。労災実務では、「症状固定」、すなわち「これ以上治療を続けても医学的に大きな改善が期待できない状態」を意味します。つまり、傷病補償年金は、まだ症状固定には至っておらず、治療が継続している状態を前提とした制度といえます。

 注意しないといけないのが、単に長期療養しているだけでは支給対象にならないという点です。労災保険法上の「傷病等級」1級から3級に該当する重い障害状態であることが必要です。たとえば、常時介護を必要とする場合や、重度の高次脳機能障害、四肢麻痺などが典型例として挙げられます。この制度の趣旨は、長期療養によって就労が困難となっている重症労働者の生活を保障することにあります。そのため、傷病補償年金が支給されると、従来支給されていた休業補償給付は原則として停止されます。










 これに対し、障害補償年金は、業務災害による傷病が治癒、すなわち症状固定した後に、後遺障害が残った場合に支給される制度です。根拠条文は、労災保険法第15条です。傷病補償年金との最大の違いは、治療が終了しているという点にあります。すでに医学的には改善可能性が乏しい状態となっており、その結果として身体機能や精神機能に障害が残存している場合に支給されます。障害等級は1級から14級まで設けられていますが、このうち1級から7級までは年金給付、8級から14級までは一時金給付となっています。障害補償年金は、傷病補償年金よりも広い範囲の障害を対象にしていて、近年では、精神障害に関する労災認定の増加に伴い、うつ病やPTSDなどに関する後遺障害認定も問題となるケースが増えています。








 傷病補償年金と障害補償年金を分けるのが「症状固定」という概念です。症状固定とは、医学上一般に認められた治療を行っても、これ以上症状の改善が見込めない状態をいいます。単に本人が「まだ痛い」「治っていない」と感じているだけでは足りず、医学的判断が重視されます。つまり、症状固定前であれば傷病補償年金の問題となり、症状固定後には障害補償年金の問題へ移行することになります。傷病補償年金は「治療継続中の生活保障」、障害補償年金は「治療終了後の後遺障害補償」という役割分担です。


 

 現実の労災実務では、「いつ症状固定したのか」がしばしば争いになります。被災労働者としては、治療継続を希望することが少なくありません。特に、休業補償給付が支給されている場合には、症状固定と判断されることで給付内容が変わるため、生活への影響も大きくなります。労働基準監督署が、診断書の内容を基に「これ以上の治療効果は乏しい」と判断して症状固定を認定する場合がありますが、その判断に労働者側が納得していない場合、双方の見解が対立します。とりわけ、高次脳機能障害や精神障害は、症状の変動が大きく、客観的評価も難しいため、症状固定時期が争点となりやすい分野です。








 人事労務管理の観点からも、両制度の違いを理解することは重要です。症状固定前であれば、基本的には「療養中」の状態であり、会社としても治療継続を前提とした休職管理が中心となります。一方、症状固定後は、治療中ではなく後遺障害が残った状態となるため、復職可能性や配置転換、就労配慮などを具体的に検討する必要が生じます。場合によっては、長期的に就労が困難となるケースもあり、自然退職や解雇の有効性が問題となることもあります。そのため、企業としては、医師の意見や労基署の判断を踏まえながら、慎重な対応を行う必要があります。労災案件では、医学的判断と法律的評価が密接に関係するため、被災労働者だけでなく、企業の人事担当者にとっても、制度の正確な理解が重要になります。



リバティ総合法律事務所 弁護士 石上秀樹

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