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2026/04/23
各種保険

精神障害者に対する合理的配慮の欠如は、労災の認定にどのように影響するのか教えてほしい。





職場における精神障害の労災認定においては、厚生労働省が定める「心理的負荷による精神障害の認定基準」に基づき、業務と発症との関係が厳密に検討されます。具体的には、①認定対象となる精神障害の発病、②業務による強い心理的負荷の存在、③業務以外の要因の評価という三つの要素を総合的に判断する枠組みが採用されています。このうち中核となるのが「業務による強い心理的負荷」の判断です。




認定基準では、具体的な出来事を類型化し、それぞれについて心理的負荷の強度を「弱」「中」「強」と評価します。その際、出来事それ自体と、出来事の継続性や反復性、事後対応の状況、職場環境の変化などの出来事後の状況の双方を十分に検討し、例示されているもの以外であっても出来事に伴って発生したと認められる状況や、当該出来事が生じるに至った経緯等も総合的に考慮して、当該出来事の心理的負荷の程度が判断されます。また、職場の支援・協力が欠如した状況であること(問題への対処、業務の見直し、応援体制の確立、責任の分散その他の支援・協力がなされていない等)は、総合的評価を強める要素とされています。




労働者が精神障害を有している場合、その特性に応じた職場環境が整備されていたか否かが、心理的負荷の評価に影響を及ぼす場面が増えています。この背景には、障害者差別解消の法制度の進展と、職場における安全配慮義務の具体化があります。精神障害者に対する合理的配慮は、「障害者の雇用の促進等に関する法律」第36条の2に基づく事業主の法的義務です。前述のように、認定基準では、出来事の評価に際して「出来事後の対応」や「職場の支援状況」も考慮要素とされていることから、事業主が本来講じるべき配慮、例えば業務量の軽減や配置転換、相談体制の整備などがなされていなかった場合、そのこと自体が心理的負荷を増幅させる事情として評価されます。


例えば、精神障害の特性によりストレス耐性が低下していることが把握可能であったにもかかわらず、一般労働者と同様の業務を課し続けた場合、形式的には「中程度」とされ得る出来事であっても、実質的には「強」と評価される方向に働く可能性はあります。認定基準における総合判断の場面では、業務以外の要因との比較衡量が行われますが、企業側が法的義務である合理的配慮を尽くしていない場合には、業務側の寄与が相対的に大きく評価されることもあるでしょう。これは、業務起因性の肯定方向に作用する重要な事情です。




合理的配慮の欠如は、労働契約法第5条に基づく安全配慮義務違反とも密接に関連します。安全配慮義務とは、労働者が安全かつ健康に働けるよう配慮する義務を指し、精神的健康もその対象に含まれます。裁判例においても、労働者の精神的特性や健康状態を踏まえた対応を怠った場合に、企業の責任が肯定される傾向が見られます。例えば、既にメンタル不調の兆候があったにもかかわらず業務軽減等を行わなかった事案では、発症との因果関係が認められやすくなっています。企業としては、精神障害者の配置や業務設計に際して、医師の意見や本人の申告を踏まえた具体的な配慮を講じることが不可欠です。また、その対応過程を記録として残すことが、後の労災申請や紛争対応において重要な意味を持ちます。





繰り返しになりますが、精神障害者に対する合理的配慮の欠如は、心理的負荷の強度評価、企業の安全配慮義務違反、業務起因性等の判断に影響を及ぼし得ます。職場の支援体制や事後対応も心理的負荷の強度評価要素に含まれることから、配慮義務の不履行は、業務による負荷を実質的に増大させる事情として扱われます。企業にとって合理的配慮は、労災リスクを左右する義務として考える必要があり、実務上、認定基準の運用を踏まえた適切な対応が求められます。


リバティ総合法律事務所  弁護士 石上秀樹

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