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高所作業において墜落防止用保護具の着用を義務付けているにもかかわらず、従業員がこれを怠って負傷した場合、「労災になるのか」「本人の責任で処理すべきではないか」という疑問が生じます。ただ、労災保険制度は、企業の責任追及とは異なり、被災労働者の迅速な救済を目的とする制度です。そのため、労働者側に一定の落ち度があった場合でも、直ちに保険給付が否定されるわけではありません。もっとも、すべてのケースで無条件に保護されるわけではなく、労働者の行為の程度によっては給付制限が問題となります。ここで重要になるのが、「軽過失」と「重過失」の区別です。
まず、労災認定の基本は、労働者災害補償保険法7条1項1号に基づく「業務上の事由による負傷」であるかどうかです。本件のように業務中の高所作業に伴う事故であれば、原則として業務遂行性・業務起因性は肯定されます。問題は、その後の給付に影響する過失の程度です。労働者の行為が「故意」であれば、同法12条の2の2、1項により給付は行われません。また、「重大な過失」がある場合には、同2項により給付の一部が制限される可能性があります。ここでいう「重大な過失(重過失)」とは、単なる不注意ではなく、「通常人であれば当然に予見し、回避できたにもかかわらず、あえてそれを無視した著しく危険な行為」を意味します。分かりやすくいえば、「危険だと分かっていながら、ほぼ無視して行動した状態」です。一方、「軽過失」とは、注意義務違反ではあるものの、日常的に起こり得る不注意や判断ミスの範囲にとどまるものを指します。つまり、「うっかり」「面倒で省略した」といった程度です。
労働者災害補償保険法
第十二条の二の二 労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となつた事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。
② 労働者が故意の犯罪行為若しくは重大な過失により、又は正当な理由がなくて療養に関する指示に従わないことにより、負傷、疾病、障害若しくは死亡若しくはこれらの原因となつた事故を生じさせ、又は負傷、疾病若しくは障害の程度を増進させ、若しくはその回復を妨げたときは、政府は、保険給付の全部又は一部を行わないことができる。
労働安全衛生規則
(作業床の設置等)
第五百十八条 事業者は、高さが二メートル以上の箇所(作業床の端、開口部等を除く。)で作業を行なう場合において墜落により労働者に危険を及ぼすおそれのあるときは、足場を組み立てる等の方法により作業床を設けなければならない。
2 事業者は、前項の規定により作業床を設けることが困難なときは、防網を張り、労働者に要求性能墜落制止用器具を使用させる等墜落による労働者の危険を防止するための措置を講じなければならない。
第五百十九条 事業者は、高さが二メートル以上の作業床の端、開口部等で墜落により労働者に危険を及ぼすおそれのある箇所には、囲い、手すり、覆おおい等(以下この条において「囲い等」という。)を設けなければならない。
2 事業者は、前項の規定により、囲い等を設けることが著しく困難なとき又は作業の必要上臨時に囲い等を取りはずすときは、防網を張り、労働者に要求性能墜落制止用器具を使用させる等墜落による労働者の危険を防止するための措置を講じなければならない。
第五百二十条 労働者は、第五百十八条第二項及び前条第二項の場合において、要求性能墜落制止用器具等の使用を命じられたときは、これを使用しなければならない。
(要求性能墜落制止用器具等の取付設備等)
第五百二十一条 事業者は、高さが二メートル以上の箇所で作業を行う場合において、労働者に要求性能墜落制止用器具等を使用させるときは、要求性能墜落制止用器具等を安全に取り付けるための設備等を設けなければならない。
2 事業者は、労働者に要求性能墜落制止用器具等を使用させるときは、要求性能墜落制止用器具等及びその取付け設備等の異常の有無について、随時点検しなければならない。
この区別は形式的ではなく、具体的事情を総合的に見て判断されます。特に重要なのは、「危険性の認識」と「回避可能性」です。まず、当該行為がどの程度危険であるかについて、労働者がどれだけ明確に認識していたかが問われます。高所作業における墜落リスクは極めて高く、通常は誰でも理解できる危険です。そのため、保護具未着用は一定程度強い過失と評価されやすい傾向があります。しかし、それだけで直ちに重過失とはなりません。例えば、現場での慣行として未着用が黙認されていた場合や、着用が煩雑で作業効率を著しく阻害する状況があった場合には、「違反はあるが重過失まではいえない」と判断される余地があります。これに対し、重過失と評価されやすいのは、明確な禁止命令があり、繰り返し指導を受けていたにもかかわらず、危険性を十分理解した上で意図的に無視したようなケースです。たとえば、直前に上司から具体的に着用指示を受けていたにもかかわらず、それを振り切って作業した場合などは、重過失と評価される可能性が高まります。
この点、行政実務では、安全帯や保護具の未使用があっても、多くの場合は労災認定自体は肯定されています。これは、業務に内在する危険が事故の主要原因であると考えられるためです。そのうえで、重過失に該当するかどうかは慎重に判断されており、「単なる規則違反」だけで直ちに給付制限が適用されることは多くありません。本件のように「面倒だから保護具を着用しなかった」という事情は、一般的には軽過失にとどまると評価される可能性が高く、労災認定は肯定されるのが通常です。したがって、療養補償給付や休業補償給付などは原則として支給対象となります。もっとも、企業としては別の観点も重要で、労働契約法第5条(安全配慮義務)との関係です。仮に現場で保護具未着用が常態化していた場合には、「指導していた」という形式的事実だけでは足りず、企業の責任が問われる可能性があります。
高所作業における保護具未着用事故は、たとえ労働者の規則違反があっても、原則として労災に該当します。問題となるのは、その行為が軽過失にとどまるのか、重大な過失に当たるのかという点です。実務上、「面倒だから省略した」という程度であれば軽過失と評価されることが多く、給付が制限されるケースは限定的です。他方で、危険性を十分に認識しながら明確な指示に反して行動した場合には、重過失として扱われる可能性が出てきます。企業としては、労災認定の可否だけでなく、現場でルールが実効的に守られているかという視点を持つことが重要です。安全管理は「規則を作ること」ではなく、実際に「守らせること」ができなければ意味がありません。