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企業が定年制度を見直す際、実務上しばしば問題となるのが「定年延長と賃金水準の関係」です。たとえば、従来は60歳定年+65歳まで再雇用としていた制度を、手続の簡素化などの理由から定年を65歳に延長する制度へ変更することが検討されることがあります。その際に問題となるのが、60歳以降の賃金を従来より低く設定することが可能かという点です。この問題について重要な判断を示したのが、協和出版販売事件(東京高裁平成19年10月30日判決)です。本稿では、この判決の判旨を踏まえながら、定年延長と賃金制度の関係について整理します。
高齢化の進展に伴い、政府は高齢者の就業機会確保を政策的に推進してきました。その中心となるのが、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢者雇用安定法)です。同法の改正により、60歳未満の定年を定めることができないとされ(同法8条)、企業は60歳以上の雇用機会を確保することが求められるようになりました。もっとも、この法律は定年延長後の具体的な労働条件まで詳細に定めているわけではありません。賃金などの労働条件については、基本的に企業と労働者の合意、すなわち当事者自治に委ねられていると理解されています。
協和出版販売事件では、会社が高年齢者雇用安定法の改正に対応するため、定年を55歳から60歳に延長する就業規則変更を行いました。ただし、その際、延長された定年までの期間の賃金水準を低く設定する制度が導入され、これに対して労働者側は、「賃金水準を引き下げる制度変更は不合理であり無効である」と主張しました。
東京高裁はまず、就業規則の法的性質について、就業規則は合理的な労働条件を定めている限り、労働関係を規律する法的規範性を持つとしました。これは、労働者と使用者の間に「労働条件は就業規則による」という事実たる慣習が成立していると評価できるためです。そして、労働基準法は、この就業規則が合理的な内容となるように、
といった監督的規制を設けていると説明しました。さらに裁判所は、就業規則が法的規範性を持つためには「合理的な労働条件」であることが必要であり、その合理性とは単に法令違反でないというだけでは足りないと述べています。すなわち、「当該使用者と労働者の置かれた具体的状況の中で、雇用関係についての私法秩序に適合する労働条件であること」が必要であると判断しました。
そのうえで裁判所は、高年齢者雇用安定法の趣旨について次のように整理しました。同法は、定年延長後の労働条件を定年前と同一にすることまでは求めていない。賃金などの労働条件は、基本的に当事者自治に委ねられている。したがって、定年延長に伴い賃金水準を変更すること自体は直ちに違法ではない。
ただし、定年延長後の賃金などの労働条件が、
といった状況になる場合には、高年齢者雇用安定法の目的(高年齢者の雇用確保と促進)に反する可能性があり、雇用関係における私法秩序にも適合しないとして、合理性を欠く可能性があると指摘しています。
この判決から導かれる実務上のポイントは次のとおりです。
① 定年延長後の賃金引下げ自体は直ちに違法ではない
高年齢者雇用安定法は賃金水準まで規制していないためです。
② ただし極端な待遇低下は許されない
高齢者雇用確保の制度趣旨に反する場合は無効となる可能性があります。
③ 制度全体の合理性が重要
賃金水準だけでなく、
などを総合的に考慮して制度設計を行うことが求められます。定年を延長する場合、延長後の賃金水準を定年前より低く設定することが直ちに違法となるわけではありません。
協和出版販売事件は、高年齢者雇用安定法は賃金水準まで規制していないこと、労働条件は基本的に当事者自治に委ねられていること、を指摘し、定年延長に伴う賃金制度の変更を一定範囲で認めました。もっとも、延長後の労働条件が著しく苛酷で、労働者が定年まで働く意思を失うような内容であれば、高齢者雇用確保という法の目的に反する可能性があります。そのため企業としては、定年延長を検討する際には、賃金制度を含めた雇用条件全体が合理的なものとなるよう慎重に制度設計を行うことが重要といえるでしょう。
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