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顧客や取引先とのトラブルを頻繁に起こす社員がいる場合、経営陣としては強い不満を抱くのも無理はありません。その結果、「問題社員なのだから給料を下げるべきだ」という発想が出てくることも、実務では珍しくありません。しかし、入社時に締結した雇用契約書に給与額が明記されている場合、それを会社が一方的に引き下げることができるのかは、労働法上きわめて慎重に判断すべき問題です。結論から言えば、原則として、一方的な給与引下げはできません。
給与(賃金)は、労働者が働く最大の動機であり、労働条件の中でも最も重要な要素です。そのため、法律は賃金について、使用者(会社)による恣意的な不利益変更を強く制限しています。この点を定めているのが、労働契約法です。
労働契約法第8条は、次のように定めています。
「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容を変更することができる。」
これは裏を返せば、合意がなければ変更できないという意味です。つまり、給与引下げは、原則として本人の同意が必要です。上層部の「下げろ」という指示だけで、本人の同意なく給与を下げることは、契約違反となる可能性が高いといえます。
例外的に、就業規則を変更することで労働条件を変更できる場合があります。ただし、労働契約法第10条は、「変更後の就業規則が合理的なものであること」を厳しく求めています。判例(最高裁平成9年2月28日判決〔第四銀行事件〕など)では、合理性の判断要素として、次の点が挙げられています。
「問題社員がいるから、その人の給料だけ下げる」という対応は、就業規則変更による一般的・抽象的な制度改定とは言えず、合理性が認められる可能性は極めて低いでしょう。
「トラブルを起こす社員なのだから、懲戒処分として給料を下げればよい」という考えもあります。しかし、懲戒としての減給には、労働基準法第91条という厳格な制限があります。
さらに、懲戒減給を行うには、
が必要です。単に「上層部が腹を立てている」という理由では、懲戒としても無効と判断される可能性が高いです。
人事部として重要なのは、「給与引下げ」ありきで動かないことです。無理に引き下げれば、未払い賃金請求や労働審判、訴訟に発展するリスクがあります。実務上は、次のような対応が検討されます。
給与引下げは、「最後の手段」ですらなく、原則として選択肢に入りにくいというのが実情です。
ご質問のケースでは、
という点から、給与引下げは法的に認められない可能性が極めて高いといえます。人事部としては、上層部に対し、「感情論ではなく、法的リスクが大きい」ことを冷静に説明し、段階的な指導・処分という正攻法を提案することが重要です。短期的な不満解消のための違法な給与引下げは、長期的には会社にとって大きな負担となる点を、押さえておくべきです。