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2025/12/16
退職・解雇

取引先からのクレームが多い社員がいます。これまで取引先との間で築いてきた信用を失いかねないことから一刻も早く辞めてもらいたいと考えていますが、どのような手順をとれば解雇が有効と認められるでしょうか。



今回は、取引先からのクレームが多い社員を解雇するための法的手順と実務対応についてお話しします。



1.はじめに

取引先からのクレームが頻発する社員について、「会社の信用を損なっている」「これ以上雇用を続けられない」と感じ、解雇を検討されるケースは少なくありません。しかし、解雇は労働者にとって最も重い不利益処分であり、法律上は非常に厳しく制限されています。手順を誤ると、解雇が無効と判断され、多額の未払い賃金や紛争対応を強いられるおそれがあります。本稿では、取引先からのクレームを理由とする解雇が有効と認められるための考え方と、実務上踏むべき手順を解説します。



2.背景――解雇は「最後の手段」



日本の労働法制では、解雇は自由にできるものではありません。労働契約法第16条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効」と定めています。
これは「解雇権濫用法理」と呼ばれ、裁判実務では、①解雇理由の合理性と②手段としての相当性が厳格に審査されます。つまり、クレームが多いという事情だけで、直ちに解雇が認められるわけではありません。



3.法律の内容――クレームを理由とする解雇の考え方

取引先からのクレームは、業務能力不足や勤務態度不良として評価される可能性があります。ただし、解雇が有効となるためには、次の点が重要です。

まず、「クレームの内容と程度」です。単なる感情的な苦情や一時的なトラブルでは足りず、業務上の重大なミス、同種クレームの反復、会社の信用や取引関係に実質的な悪影響を及ぼしていることが必要です。クレームの事実関係について、メールや報告書など客観的証拠を整理しておくことが不可欠です。

次に、「改善の可能性があったか」です。裁判例では、能力不足や対応不良を理由とする解雇について、事前に指導・教育・配置転換などの改善措置を講じたかが重視されます。業務成績不良を理由とする解雇につき、十分な改善指導が行われていないことを理由に無効と判断しました例もあります。

さらに、「解雇以外の手段の検討」です。始末書の提出、戒告・譴責といった懲戒処分、担当業務の変更、配置転換など、より軽い手段を尽くした上で、それでも改善が見られない場合に初めて解雇が検討されるべきとされています。



4.実務的な影響――有効な解雇に向けた具体的手順


実務上は、以下のステップを踏むことが重要です。



第一に、クレームの記録化です。日時、内容、取引先の反応、会社への影響を具体的に記録し、本人にも事実確認を行います。

第二に、指導・注意の実施です。口頭だけでなく、書面で業務改善指導を行い、改善すべき点と期限を明示します。この際、労働契約法第3条第4項(信義誠実の原則)に照らし、本人に弁明や説明の機会を与えることも重要です。

第三に、改善状況の評価です。一定期間を設けて改善状況を確認し、改善が見られない場合は、その事実を再度文書で残します。

第四に、配置転換等の検討です。対外対応を伴わない業務への異動など、解雇を回避する選択肢を検討した事実を残します。

これらを尽くしてもなお、同種クレームが継続し、事業運営に重大な支障が生じている場合、初めて解雇が検討対象となります。解雇する際は、解雇理由証明書(労働基準法第22条)の交付を求められることも多く、理由を具体的かつ一貫して説明できるよう準備が必要です。




5.まとめ



取引先からのクレームが多い社員であっても、直ちに解雇が有効となるわけではありません。労働契約法第16条の下では、解雇はあくまで「最後の手段」です。クレームの重大性を客観的に立証し、十分な指導・改善機会、代替措置の検討を経たうえで、初めて解雇の有効性が認められる可能性が高まります。
実務上は、感情的な判断を避け、記録と手順を積み重ねることが、企業を法的リスクから守る最大のポイントといえるでしょう。

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