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2025/11/15
賃金・労働時間

持ち帰り残業



近年、働き方の多様化やテレワークの浸透に伴い、従業員が自宅で業務を続ける、いわゆる「持ち帰り残業」が増えています。表⾯には出ないものの、会社が把握していないまま従業員が深夜まで作業を続け、後に未払い残業代の紛争となるケースは珍しくありません。また、持ち帰り残業は過重労働や健康障害のリスクを高め、企業にとっても重大な法的リスクを伴います。



従来、会社のオフィス外で行われる業務は、「労働時間の把握が困難」という理由で軽視されがちでした。しかし、2019年の働き方改革関連法の施行以降、厚生労働省は「在宅勤務など事業場外で業務を行う場合でも、使用者は労働時間を適正に把握する義務がある」と明確に示しています(「労働時間の適正な把握のための使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」)。



また、長時間労働による健康障害を防止する観点からも、事業場外での業務は企業にとって見逃せない課題です。自宅での作業は本人が「個人的判断でやった」と説明したとしても、実態が会社の指揮命令下にあれば、労働時間として扱われる可能性が高く、後に紛争化すると高額の残業代支払いとなることがあります。




上記ガイドラインによると、「労働時間」とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たるとされ、労働時間に該当するか否かは、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんによらず、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであること。また、客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれていると評価されるかどうかは、労働者の行為が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていた等の状況の有無等から、個別具体的に判断されるものであることとされています。




そのため、次のアからウのような時間は、労働時間として扱われます。


ア  使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられたy所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間


イ  使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」)


ウ  参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間




持ち帰り残業を労働時間として認めた裁判例




これらの事情が認められる場合、裁判所は「自主的」とは評価せず、「実態として指揮命令下にあった」と判断し、未払い残業代の支払いを命じる傾向にあります。




一方で、次のような事情が認められる場合に、労働時間と認められなかった裁判例もあります。




ただし、これらは例外的であり、会社の指示や実態が少しでも関与していれば労働時間と認定される可能性があることに注意が必要です。



事業場外みなし労働時間制は使えるのか?



持ち帰り残業の場合、事業場外みなし労働時間制(労働基準法第38条の2)が適用される余地がありますが、以下のように要件は厳格です。




そのため、持ち帰り残業は「みなし時間」で処理されることは少なく、実働時間として認定されるケースが多いのが実情です。



企業にとっての実務的リスクと対応策




持ち帰り残業が発生すると、企業は次のような法的リスクを負います。




これらを回避するため、会社は、以下のような対策を講じる必要があります。



① 客観的な労働時間把握

厚労省ガイドラインに沿い、在宅勤務・持ち帰り業務でも、PCログ、業務システムのアクセス記録、メール・チャット記録等を用いて労働時間を把握し、適正な残業代を支払うことが必要です。

業務量の適正配分


「業務量が過大 → 持ち帰り」という構図は黙示の指示と評価されることから、定期的な業務量アセスメントや上司による確認は不可欠です。


持ち帰り残業禁止ルールの明文化


就業規則や社内ガイドラインで、「持ち帰り作業は禁止」、「例外的に必要な場合は事前に会社に申請し、会社の許可を得た場合に限り、持ち帰り残業を認める。」と定めることで、紛争予防につながります。




持ち帰り残業は、企業が把握しにくい一方で、実態が指揮命令下にあると認められやすいため、企業としては、未払い残業代や労災のリスクがあることを認識しておく必要があります。法律や裁判例は形式ではなく実態を重視しており、「社員が勝手にやった」という説明では通用しない場面が多いのが現実です。持ち帰り残業は見えにくいからこそ、透明性の高い労務管理を行うことが、健全な職場づくりへの最初の一歩といえるでしょう。

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